連載:森 弘達先生と読み解く 教育改革最前線⑥

「学習する組織」「学習する学校」「学習する国」のつくりかた

~やる気に満ちた「やさしい学校・教室」のつくりかた~

社会は、狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に続く「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(超スマート社会)」である創造社会(Society5.0)が到来し、AIやIoT、ブロックチェーンなどの革新的なデジタル技術が進展し、デジタルトランスフォーメーション(DX)は止まることはありません。このような社会の大きな変化に対し、日本の教育モデルは、工業社会(Society3.0)のままであり、大量生産・大量消費といった過去の成功体験から抜け出せていません。 これからの教育モデルは、自ら社会課題を発見し、主体的に解決する姿勢や考え方を身につけ、他者と対話し、協力して行動することができる力を育む主体的・対話的・協働的な学びです。今回は、このような学びを実現する「学習する組織」の理論に基づく「学習する学校」について、「学習する組織」の理論やシステム思考を研究し、実践する森弘達先生が読み解きます。

「学習する組織」~「教える」組織から 「学ぶ」組織へ〜

「学習する組織」は、MIT(マサチューセッツ工科大学)のピーター・センゲやハーバード大学教授のクリス・アージリスが生み出した概念であり、「目的に向けて効果的に行動するために、集団としての意識と能力を継続的に高め、伸ばし続ける組織」(小田理一郎『「学習する組織」入門』)です。ピーター・センゲは、1990年に著書『学習する組織』の初版を発行し、世界で250万部を超えるベストセラーとなりました。インテル、世界銀行、ナイキ、VISA、ユニリーバなどの多くの企業や国際機関にとり入れられてきました。日本では、JICA(国際協力機構)、日産、リクルートなどでとり入れられ、組織の効果を高め、業績が上がっています。  また、ピーター・センゲは、2000年に『学習する学校』の初版を発行し、2012年に改訂版を発行しました。「学習する学校」は、「学習する組織」としてデザインされ、経営されている学習のための機関であり、教える組織ではなく学ぶ組織です。ピーター・センゲと著名な教育者が提唱した「学習する学校」は、今日の教育課題を捉え、学校、教室、コミュニティにおける教育改革の指針となり、世界中で導入が進んでいます。日本では、京都市立葵小学校、逗子市立久木小学校、大阪市立新巽中学校、札幌新陽高等学校、かえつ有明中学・高等学校が先進的に導入し、成果をあげています。勤務校である大妻中学高等学校では、2022年度から総合的な探究の時間にデザイン思考とともに「学習する組織」の理論に基づいたシステム思考を導入しています。システム思考もデザイン思考も自分一人だけで取り組むのではなく、チームで取り組むので対話を重視しています。

「学習する組織」の 3本の柱

「学習する組織」の3本の柱は、「学習する組織」をつくるために求められる力として、チームの中核的な学習能力であり、
(1)複雑性を理解する力、
(2)共創的に対話する力、
(3)志を育成する力とされています。
そして、この「学習する組織」の3つの柱は、「学習する組織」の5つのディシプリン(規律)から構成されています。

出典:ピーター・センゲ『学習する組織-システム思考で未来を創造する』

「学習する組織」の 5つのディシプリン (規律)

5つのディシプリン(規律)は、「学習する組織」の3本柱を構成するものです。現在、人々には自律性を持って行動し、自ら問いを立て、自ら考え、自ら行動し、未来を創造するための見方、考え方、スキルが求められています。これらの見方、考え方、スキルの成長を助けるものが5つのディシプリンです。  5つのディシプリンには、(1)自己マスタリー、(2)共有ビジョン、(3)システム思考、(4)メンタル・モデル、(5)チーム学習があり、「学習する学校」や「学習する教室」を実現するために不可欠です。

(1)自己マスタリー
自己マスタリーとは、「継続的に私たち個人のビジョンを明確にし、それを深めることであり、エネルギーを集中させること、忍耐力を身につけること、そして、現実を客観的に見ること」(ピーター・センゲ『学習する組織』)です。「学習する組織」の要は自己マスタリーであり、それがないと、残りの4つである「メンタル・モデル」「チーム学習」「システム思考」「共有ビジョン」は機能しません。ありたい姿と現状のギャップを埋めていくには主体性が欠かせません。

(2)共有ビジョン
共有ビジョンは、「私たちが創り出そうとする未来の共通像」であり、「組織全体で深く共有されるようになる目標や使命」(前掲書)です。「学習する組織」における共有ビジョン(ありたい姿)は、ビジョン(組織の達成目標)、ミッション(組織の存在意義)、バリュー(組織文化を支える価値観)から成り立っています。

(3)システム思考
システム思考は、システムの「パターンの全体を明らかにして、それを効果的に変える方法を見つけるための概念的枠組み」(前掲書)です。システムは、政治や経済、情報などに限らず、相互作用するつながりや問題を引き起こしている構造を捉え、未来を創造する考え方です。個人、チーム、組織、市場、社会はすべてシステムです。システムは、部分を見るだけでは理解できず、全体を見ることで初めて理解することができます。「木を見て、森を見よ」ということです。ビジョンの実現においてもシステム思考は必要です。2019年にOECD(経済協力開発機構)が発表したラーニングコンパスにはデザイン思考とともにシステム思考が記載されています。

(4)メンタル・モデル
メンタル・モデルとは、「私たちがどのように世界を理解し、どのように行動するかに影響を及ぼす、深く染み込んだ前提、一般概念であり、あるいは想像やイメージ」(前掲書)です。メンタル・モデルは人々がそれぞれ持つ思考・行動・感情の習慣です。前提や思い込みと表現すると理解しやすくなります。うまくいかない理由を外に求めず、自らのメンタル・モデルの欠陥を探究することが大切です。

(5)チーム学習
チーム学習は、「グループで一緒に、探究、考察、内省を行うことで、自分たちの意識と能力を高めるプロセス」(前掲書)です。チーム学習は、チームや組織の中や外の人々との対話を通して、自分たちのメンタル・モデルや問題の全体を探究し、関係する人々の意図を合わせるプロセスでもあります。ここでは人々の対話(ダイアログ)が大切になります。

「学習する組織」の ツール

「学習する組織」には5つのディシプリンを習慣化するためのツールがあります。みなさんがツールを使えるようになると、「学習する組織」「学習する学校」「学習する国」を実現しやすくなります。ツールには「推論のはしご」「氷山モデル」「時系列変化パターングラフ」「ループ図」「システム原型」「認知の4点セット」などがあります。教員研修や授業で活用して頂きたいです。子どもから大人までが活用できるツールです。

(1)推論のはしご
推論のはしごは、メンタル・モデルを明らかにするプロセスであり、認知から結論や行動に至る推論を1段階ずつ明らかにしていくものです。

(2)氷山モデル
構造がパターンに影響を与えることについて、氷山モデルで説明されます。氷山は「そのごく一部のみが海面上に現れ、本体のほとんどは海中に沈んでいて見ることができません。この氷山と同じように、私たちの目の前に起こるできごとは、多くのことのごく一部に過ぎず、目の前のことだけに集中していても効果的な問題解決や未来創造」(前掲書)はできません。システム全体を4つの階層として見立て、表面にあって私たちが見ることができる「できごと」、できごとの起こる中長期的な傾向である「時系列パターン」、パターンに大きな影響を与える「構造」、構造を生み出す根底にある関係者たちの「メンタル・モデル」に分けて捉えることによって全体を見るためのフレームワークが氷山モデルです。

(3)時系列変化パターングラフ
時系列パターングラフは、縦軸に変化を把握するための指標、横軸に過去から未来にわたっての時間軸をとります。そして、「今までのパターン」(過去から現在に至る)、「このままのパターン」(現在から未来に向かってなりゆきの場合どうなるかを表す)、「望ましいパターン」(現在から未来に向かってどうなったらよいかを表す)の3本の線を描き入れます。

(4)ループ図
ループ図は、全体を見える化するツールです。さまざまな要素のつながりを線形の因果関係で説明するのではなく、因果関係を循環する円形型のループによってプロセスを見える化し、要素間の相互作用(フィードバックループ)を見つけ出します。要素と要素の因果関係には「自己強化型ループ」(どんどん変化を強める)と「バランス型ループ」(変化を抑制し安定している)があります。

(5)システム原型
システム原型は、問題構造の典型的な型のことであり、分野を超えて共通してよく見られるものです。ループ図を活用しなくても、システム原型というツールを使って、関係者たちの内省(リフレクション)や対話(ダイアログ)を促進することができます。例として、①遅れを伴うバランス型プロセス、②成長の限界、③問題のすり替わり、④介入者への問題のすり替わり、⑤目標のなし崩し、⑥エスカレート、⑦強者はますます強く、⑧共有地の悲劇、⑨うまくいかない解決策、⑩成長と投資不足、などがあります。

(6)認知の4点セット(リフレクションツール)  認知の4点セットは、「価値観」「感情」「経験」「意見」を客観的に捉えるフレームワークです。自分が考えていること、自分の気持ち、大事にしている価値観を言語化し、自分がワクワクすること、モチベーションなどを分かりやすくするものです。

システム思考を学ぶ意義

EU諸国では、学習する組織が社会変革や国の改革にも活用されています。日本は、人口減少、少子高齢化、財政悪化、円安、エネルギー問題など、解決できていない問題が山積し、課題先進国などと呼ばれていますが、課題解決先進国になれていません。日本の子どもから大人までが「学習する組織」による学びを深め、これからの社会の在り方を語り合い、課題を解決し、「学習する社会」や「学習する国」を実現することが幸せな未来を創造する上で大切となります。みなさん、「学習する組織」の啓蒙と「学習する学校」の実現による「学習する国」つくりに一緒に取り組みませんか。

参考「学習する組織」「学習する学校」、 システム思考に関する参考文献・推薦図書
●ピーター・センゲ『学習する組織』(英治出版)
●ピーター・センゲ『学習する学校』(英治出版)
●小田理一郎『「学習する組織」入門』(英治出版)
●ダニエル・ゴールマン、ピーター・センゲ  『21世紀の教育』(ダイヤモンド社)
●斉藤徹『だから僕たちは組織を変えていける』  (クロスメディア・パブリッシング)
●熊平美香『リフレクション』(ディスカヴァー) ●枝廣淳子+内藤耕『入門!システム思考』  (講談社現代新書)
●先生の学校「学習する学校」  (『HOPE 06』)スマイルバトン))
●市村淳子「小学校における教職員の自律性と協働 性を高める組織改善-対話によるコミュニケーション改善に着目した校内研修開発-」(『日本教 育経営学会紀要』第63号)

森 弘達先生プロフィール

現在、学校法人大妻学院大妻中学高等学校進路指導部長・探究科主任(兼務)、国立大学法人東京学芸大学大学院教育学研究科(教職大学院)、学校法人電子学園情報経営イノベーション専門職大学客員教授、国分寺市介護保険運営協議会委員(国分寺市長委嘱)、国分寺市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画評価等検討委員会委員(国分寺市長委嘱)、国際バカロレアディプロマプログラム(IBDP)アドミニストレーター、国分寺マンション管理組合法人副理事長(日本一コミュニティ度の高い100年マンション構想を推進)。東京と沖縄を拠点に教育活動、探究や医学部受験に関する講演会やオンライン講演会を展開。大妻中学高等学校では主幹として、学則改定、併設型中高一貫校への移行、カリキュラム改革、STEAM探究講座・医療系探究講座・起業探究講座の設計・運営、コロナ対策などに取り組み、2022年度から進路指導部長・探究科主任を兼務し、新時代の進路指導体制の構築、総合的な探究の時間の設計・運営、医療系探究講座・起業探究講座の設計・運営、デザイン思考・システム思考・ジグソー法による主体的・対話的・協働的な学び等の先進的な授業の開発・導入に取り組んでいる。著書に『ハイスコア!共通テスト攻略現代社会』(Z会)、『特化型小論文チャレンジノート志望理由・自己PR編』(第一学習社)、探究教材『FUTURE』volume.1・2・小学生版・STEAM探究教材『FUTURE』volume.3(SRJ)など多数。コロナ渦でも自ら学びを進め、学校図書館司書教諭の免許取得、学校法人東京音楽大学指揮研修講座修了。国立大学法人東京学芸大学大学院では学校経営、学校組織マネジメント、学習する組織、システム思考等を研究している。2022年度から公立大学法人名桜大学においても高大接続講座やFD 研修を担当。

学校法人昭和薬科大学附属高等学校・中学校教諭・進路指導部主任・生徒指導部主任・高校3学年主任(高校3年担任として12回卒業生を送り出した)・吹奏楽部顧問・ディベート部顧問、学校法人武蔵野大学附属千代田高等学院副校長、沖縄県沖縄次世代委員会委員(沖縄県知事委嘱)、浦添市未来まちづくり委員会委員(浦添市長委嘱)、浦添市てだこ市民大学運営委員・講師(浦添市長委嘱)、浦添市まちづくり生涯学習推進協議会委員(浦添市長委嘱)、税務大学校沖縄研修支所講師、一般財団法人日本私学教育研究所研究員、大前研一創設特定非営利活動法人政策学校一新塾講師を歴任。