NPO法人数学カフェの理事をしております。みよしじゅんいちと申します。本業の会社員の傍ら、パズル懇話会という団体の代表幹事を務め、日夜パズルやゲームを考案しています。ゲームの代表作はゴドマチと陣目取。そのほか、ゲンロンSF創作講座第7期生として、数学SFを書いたり、数学カラオケ部の部長として、カラオケの会を開催していたりします。

多芸多趣味に思えるかもしれないのですが、本人としては別段変わったことをしているつもりはなくて、やっていることはひとつだけなのかなという気がしています。それはたぶん、問いを思いつくことです。

たとえば、どんなときにパズルやゲームができるのかというと、見慣れたものが少し違った風に見えた時がチャンスだったりします。いままでこうだと思っていたけど、こんな風に考えることもできるな。だとしたら、これを一般化するとどうなるだろう。

見過ごしてしまいそうな小さな感覚の変化に疑問をもって、こだわってみること。そこから何かが生まれることがあります。

陣目取という陣取りゲームを思いついたきっかけは、息子と正三角形の板を並べて遊んでいた時でした。正三角形は線対称(二つ折りにしてぴったり重なる形)です。ふと並べているうちに正三角形をふたつ辺でつないでできる菱形も線対称、みっつ辺でつないでできる台形(等脚台形)も線対称だなと気付きました。そのとき、どこまで行けるのか疑問を持ったのです。どんどん正三角形を追加していくと、なんと十二連続で線対称形を作ることができたのですが、最後のダビデの星みたいな形に十三番目の正三角形をくっつけて置こうとしたとき、どこに置いても対称性が崩れてしまいました。

そこからいくつかの化学変化があって陣目取は生まれるのですが、核になったのはこのときのびっくり体験でした。そして、そのびっくりの根元には小さな疑問があったのです。

人生とは何か、正義とは何かみたいな大きな問いばかりが重要なのではありません。小説の着想も、歌の熟練も、そんな小さな疑問に答えていくこと、試してみることがけっこう重要だったりします。

勉強をしていると、授業の本筋と違うところが気になって、勉強が手につかなくなることがあると思います。それは一見、勉強の効率を下げてしまう。勉強の邪魔になる雑念にみえるかもしれないのですが、将来きっと役に立つので大切にしてもらえると嬉しいです。たとえば、大学で研究しようと思えば問いがないと始まりません。私は研究者にはなりませんでしたが、仕事や趣味で、このちょっとした疑問を大いに活用しています。

若いころ「地獄には答えがない。天国には問いがない」という名言を考案したことがあります。もしそうだとするなら、天国というのは退屈なところだと思います。人生は地獄でも天国でもありません。新しい問いを思いついて、それに自分で答えていくことができます。

自分には解けない問題を思いつくこともありますが、世の中には天才が沢山いるので、問いかければきっと解いてくれます。もし解けなかったとすれば、私は天才にも解けない問題を思いついたのだと自分の自信に繋げることができます。ぜひ心の中に小さな問いを持つことを習慣にしてみてください。それは人生を豊かにしてくれると思います。

NPO法人 数学カフェ

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