沖縄県内の交通はマイカー利用の増加と公共交通機関の利用率の低さが相まって、朝夕の時間帯を中心に慢性的な渋滞という課題を抱えています。なるべく多くの県民が公共交通機関を利用してほしいと県も広報を行っておりますが、昨今の原材料費、燃料費の高騰は私たちの生活を直撃し、さらには今回取り上げるバス運賃にまで影響が広がっています。
さて、本号では3ヶ月前に入部したばかりの高校1年生がこの問題について書いてくれました。中部から浦添まで毎日通学する執筆者にとってはとても切実な問題です。日ごろのニュースが自分に身近なものとして認識し、ディベート的な思考力や判断力をもって、自分なりの意見を形成してくれていたことに感心しました。ぜひ皆さんも一緒に考えてみましょう。

中地喜愛  Nakachi Kanon

昭和薬科大学附属高等学校1年。
高校ディベート部。

導入

琉球バス交通と那覇バスは今年度4月1日から路線バスの初乗り運賃を160円から30円増の190円にする運賃改定を実施しました。本校では沖縄市やうるま市などの中部から豊見城市や糸満市などの南部まで広範囲にわたって生徒が通学しているため、登下校時に公共バスを利用している生徒が多く、生徒にとって路線バスは身近な交通手段です。ここでは運賃が値上がりすることのメリットとデメリットをふまえて、運賃改定に伴うバス利用者とバス事業者の影響について考えていこうと思います。

運賃改定の背景

運賃改定の理由として燃料費の高騰や乗務員の労働改善、設備投資などが挙げられます。バス運賃値上げ申請は全国でも近年急増しており、そのなかでも乗務員の労働改善に関しては「2024年問題」(働き方改革関連法の施行により時間外労働の上限を規制されることでもたらされた問題)に近い問題といえるでしょう。「2024年問題」の一つである物流・運送業界では1日に運ぶことができる荷物の量の減少、ドライバーの収入の減少、人手不足などが主に挙げられます。これをバス業界に当てはめると、バスの運行本数の減便、物流・運送業界に同じく収入の減少と人手不足が懸念されます。さらに時間外労働の上限規制による運転手不足と元々の慢性的な人手不足のダブルパンチで「2024年問題」はさらに深刻化してしまいます。そのためバス運転手の処遇改善が求められています。
このように、様々なものの物価が高騰している中「2024年問題」もふまえて考えると運賃改定はやむを得ないことだと思います。

デメリット①
バス利用者の交通費の増加

運賃値上げと聞いて最初に感じるのは交通費の出費が増えてしまうことだと思います。一回の乗車で前より30円多く支払うとなると少なく感じますが、その数十円の積み重ねが大きな出費となってしまいます。例えば週5でバスを往復利用する場合は月あたりで計算すると月22日分×60円で1320円の出費が増え、年あたりでの換算では247日分(令和6年度の平日数)×60円で14820円の出費が増加してしまいます。そのため毎日の移動コストの積み重ねでバス利用者に大きな負担がかかります。

デメリット②
値上げによる乗客離れ

デメリット①を踏まえて考えるとバス利用者は交通費増加を抑えるために自転車や徒歩、家族に車で送ってもらうなどバスから他の交通手段へとシフトする恐れがあります。バス利用者が交通手段を変えてバスを利用する機会が減ると、バス利用者が減少し、バス会社の収入が減少して最終的にはバスの減便や路線を減らさないと維持ができない状態になってしまいます。このような事態を招く恐れもあることは非常に深刻です。
また、経済面で考えると今回の運賃改定は初乗り運賃の値上げであるため長距離の移動より短距離の移動の方が値上がりの割合で考えると負担が大きくなってしまいます。加えて、バス利用者にとって長距離の移動よりも短距離の移動の方が単純に他の交通手段にシフトしやすいです。そのため短距離の移動で利用している人を中心にバスの乗客離れが懸念されます。

メリット①
「2024年問題」の改善

運賃改定の背景にはバス業界の「2024年問題」が密接に関わっているといえます。運賃の値上げによって以下のバス事業の懸念点を解消することができます。ここではバス業界にとってのメリットを主にA、Bの二点に分けて説明します。

ーメリットA バス会社の収入確保

まず、値上げによりバス会社の収入の確保ができます。
デメリット②で述べたような値上げによる乗客離れで一見収入が激減するように思われますが、私は大幅に収入が減少することはないと考えます。なぜなら通勤・通学利用者は交通費増加を避けるために他の交通手段のシフトが難しいからです。県外であれば簡単に電車や鉄道に換えることが可能ですが、沖縄には長距離移動できる交通手段はバス以外に車とモノレールくらいしかないので、通勤・通学で日常的に利用している人はそのままバス利用を継続する可能性が高いです。実際に私も運賃改定以前と同様に下校時は公共バスを利用しています。また沖縄の公共の交通機関でしぼると、モノレールは沖縄南部に集中しているため、移動手段は公共バスのみになってしまいます。つまり、交通手段の少ない沖縄だからこそデメリット②であげた乗客離れの懸念は薄れ、バス会社は初乗り運賃の値上げ実施に踏み切れたのだと思います。
他にも収入を増加する策として、減便をしてでも運賃値上げを阻止するか、値上げしてでもバスの本数は変更しないのかの二つで、年齢層別の利用時間のまばらさを考慮して後者を選んだのかと思います。先ほど述べたように沖縄の公共の交通手段はバスしかなく、独占的ともいえるため大幅な減便はバス利用者にとって不便なものになってしまいます。
このようにして値上げ後もバス利用の継続者を減らさずに、確実にバス会社の収入を確保することが可能です。

ーメリットB バス運転手の人材確保

「2024年問題」の一つである人手不足の解消、バス運転手の人材確保が可能です。
近年時間外労働の上限規制適用によって人手不足が懸念されます。それを解消するには人件費を増やし、人材を確保しないといけません。もし人手不足が悪化していくと、運転手不足から始まり、減便しなければならなくなり、それによる乗客減少、そして運転手は処遇改善できずに仕事を辞めてしまう、という最終的にはバス運転手の人手がゼロに向かうだけの負のスパイラルがおきてしまいます。減便をしなければならないところのタイミングから、運賃値上げを行って以前以上の人手不足の悪化を防がなければなりません。
他にも、将来的な話になりますが、バス運転手という仕事のイメージがよくなりバス運転手の仕事に就きたいと思う人が増えるでしょう。なぜなら働き方改革によってバス運転手の労働時間が短くなり収入が増加することで、少し前まで根付いていたバス運転の仕事は深夜まで長時間労働させられ低賃金であるというイメージが覆されます。そして肯定的な仕事へとかわり、就職意欲が高まります。現時点で、沖縄県の路線バス運転手が7割以上が50歳代以上となっているため若者の運転手も増やすためにも、仕事のイメージをよくするのは「2024年問題」改善の大きな前進となります。

メリット② 地域活性化

さらに今回の値上げの理由の一つである設備投資によってコロナ禍で衰退していたバス事業が、ある程度コロナが収まりバス利用者数が回復したことをバネに以前より活性化することが期待できます。そして今後利用者に充実した設備やよりよいサービスが提供されるかもしれません。するとデメリット②で述べた乗客離れは一時的なものにすぎず、そういった利用環境の改善ものちに利用者数の増加につながるでしょう。また、以前には基幹急行バスの導入、ノンステップバスの増加(バリアフリー化)、さらには交通渋滞の緩和を目的としたバス専用車線の導入など利用者にとってより便利に快適に使えるようになりました。これからもバスを快適に利用するには、運賃を払っている利用者自身の力がさらに必要になっていきます。

おわりに

はじめにバス運賃の値上げと聞いた時、下校時に公共バスを毎日利用している私はネガティブな印象を持ちました。しかし、バス業界の「2024年問題」や物価高騰、そして今後のバス利用の活性化などの背景を知ることで、このような現状に適応し様々な問題を改善するうえでの運賃値上げは決してネガティブなこととして捉えてはいけないと感じました。
一方で、値上げにより家計の負担が大きくなってしまいます。少しでも節約をするために毎日の通勤・通学のコースを見直してみることも大切だと思います。

また、私は路線バスの運賃値上げを機に「2024年問題」という深刻な問題について知りました。言い換えると「2024年問題」が私の身近なところまで影響しているということです。そのため、私たちは‘消費者’である以上自分事として捉えなければならないのだと実感され、積極的に「2024年問題」の解決に取り組む必要があります。。また「2024年問題」はバス業界だけにとどまらず、物流・運送業、建設業などさらに深刻化しているのでいろいろな価格が上昇してしまうことを覚悟して向き合っていかなければなりません。

バス運転手の大幅な収入増加や人手の増加が可能になるまではまだまだ時間がかかりそうです。沖縄では鉄道や電車などの主要な交通手段が少ないため、乗客割れするか否かがバス会社側の利益にどのくらい損得を与えるのかは予測しづらいところも多いですが、沖縄のバスは唯一の長距離移動可能な公共手段であるため今後バス利用の需要が高まることを期待します。

参考文献
http://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/00001_00251.html
https://www.pref.okinawa.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/012/755/201.pdf