連載:森 弘達先生と読み解く 教育改革最前線⑦

「国際バカロレア教育(IB)による 真のグローバル人材の育成

~グローバル人材をどう育てるか~

日本では1990年代以降、グローバル人材の育成が叫ばれてきました。しかし、近年日本は、経済力の低下をはじめ、低い人権意識や女性差別など国際社会から大きく遅れています。また、AI技術などの科学技術の進展のなか、日本の教育はもはや時代遅れとなっています。2022年1月に行われた教育改革を目指す超党派議員連盟の設立総会で下村博文元文部科学大臣は、「言われたことしかしないという日本教育の象徴が暗記、記憶中心の『インプット教育』だ。社会で生きていくのに必要な能力は変わりつつある。ゼロから何かを生むような創造性やマネジメント能力が必要だ。受験テクニックを教えるような日本の教育は通用しなくなってきている」と日本の教育の問題点を指摘しました。日本には真の国際人に必要な資質・能力をいかに育成していくかが求められています。今回は、国際バカロレアディプロマプログラム(IBDP)アドミニストレーターであり、国立大学法人東京学芸大学大学院教育学研究科(教職大学院)で学校経営、組織マネジメント、学習する組織、国際バカロレア、非認知能力の育成等を研究し、全国各地で講演やセミナーを行っている森弘達先生がグローバル人材の育成と国際バカロレア教育について読み解きます。

日本の国際経済力の低下と これからの大学選び、 真のグローバル人材の育成

日本のGDP(国内総生産)は、アメリカ、中国に次いで世界第3位ではありますが、一人当たりGDP(購買力平価)は、1990年代から増えていません。2007年にシンガポール、2020年に韓国に追い越されました。国際通貨基金(IMF)の推計では、2021年では一人当たりGDPでシンガポールが約六万四千ドル、日本が約四万三千ドルと1・5倍の差をつけられています。また、この30年間、日本の給料は横ばいまたは減少しています。多くの国が過去30年間で平均賃金が2倍以上になっている中で、「日本の給料の水準は異常事態」(大前研一『日本の論点2022~23』)です。なぜ、日本の給料が上がらず、諸外国と比較して安いのかという理由は、日本企業の労働生産性が低いこと、DXが遅れていること、日本人の多くが世界で通用するグローバル人材になれていないことなどがあげられます。

また、大卒初任給は、日本のトップ大学とアメリカやヨーロッパのトップ大学で比べると2~3倍の格差があり、日本の賃金が本当に低いことがわかります。たしかに、アメリカやヨーロッパの大学は日本の大学と比べたら学費が高い大学もあります。しかし、「ヨーロッパの卒業後の平均賃金が高い大学の多くは、日本人でも日本の大学と同じかだいぶ低い学費で通うことができます」(白川寧々・鈴木款『世界標準の英語の学び方』)。日本のトップ大学の平均年収は、アメリカで1489位のミシシッピ女子大学とだいたい一致します。この大学は全米でも貧困地区に入る地域にあり、合格率が99%という競争が全くない大学です。あまりにも悲しい現実です。日本で真面目に勉強してトップ大学を卒業して真面目に働いても給料が上昇せず、初任給や平均賃金が著しく低いことから、世界的に見ると学費が高く卒業後の給料が低い日本の大学はおすすめできなくなりつつあります。世界に目を向けると学費が安く、レベルの高い大学はたくさんあります。これからは海外大学への進学は一つの選択肢となり、海外大学への進学に強い国際バカロレア教育を推進することは日本の経済力を高め、国民の幸せの実現のために必要です。

国際バカロレア教育の拡大

国際バカロレアは、世界で約150の国や地域で導入されており、学校数は約5500校となっています。日本では、2022年現在、国際バカロレア認定校・候補校は175校であり、そのうち学校教育法第1条に規定されている学校である一条校は57校です。日本政府は2021年6月に「成長戦略2021」を閣議決定し、国内における国際バカロレア認定校200校以上という目標を掲げ、文部科学省国際バカロレア教育推進コンソーシアムが国際バカロレア導入のサポートを行っています。

国際バカロレア教育の使命

国際バカロレア教育は、非営利教育財団である国際バカロレア機構が提供する全世界共通の教育プログラムです。国際バカロレアの使命は、「多様な文化の理解と尊重の精神を通じて、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成を目的とします。この目的のため、国際バカロレアは、学校や政府、国際機関と協力しながら、チャレンジに満ちた国際教育プログラムと厳格な評価の仕組みの開発に取り組んでいます。国際バカロレアのプログラムは、世界各地で学ぶ児童生徒に、人が持つ違いを違いとして理解し、自分と異なる考えの人々にもそれぞれの正しさがあり得ると認めることのできる人として、積極的に、そして共感する心を持って生涯にわたって学び続けるよう働きかけていきます」(文部科学省IB教育推進コンソーシアム)と示されています。

国際バカロレア プログラムの種類

国際バカロレア教育では、3歳児から高校3年次まで4つのプログラムを用意しています。日本の幼稚園から小学校までに相当する学齢を対象とする初等教育プログラム(PYP)、日本の中学校と高校1年生までに相当する学齢を対象とする中等教育プログラム(MYP)、日本の高校2年と高校3年に相当とする学齢を対象とするプログラム(DP)、DPと対象とする学齢は同じであるが、職業を中心とするプログラムであるキャリア関連プログラム(CP)が、それぞれ独立したプログラムとなっています。

①PYP(Primary Years Programme)
幼稚園から小学校までの年齢を対象とするプログラムであり、PYPでは「小学校段階の児童にとって特に重要なのは、文脈の中でスキルを身につけること、児童自身に関連する内容かつ従来の教科の境界線を越えるテーマを探究すること」(国際バカロレア機構)とされています。PYPのプログラムでは国際教育の文脈において重要とされています人間の共通性に基づいた6つの「探究プログラム」、すなわち「私たちは誰なのか」「私たちはどのような場所と時代にいるのか」「私たちはどのように自分を表現するのか」「世界はどのような仕組みになっているのか」「私たちは自分たちをどう組織しているのか」「この地球を共有すること」です。

②MYP(Middle Years Programme)
中学校と高校1年生までの年齢を対象とするプログラムであり、MYPのカリキュラムは、PYPで身につけた知識・概念・スキルをさらに高度なものへと発展させていくことを目的としています。そのためMYPでは、「言語の習得」「言語と文化」「個人と社会」「数学」「デザイン」「芸術」「理科」「保健体育」が必須教科となっています。また、全教科の学びに加え、「学習の方法」「奉仕活動」「パーソナルプロジェクト」などのDPのコアカリキュラムにつながる学習活動に学校全体で取り組まなければなりません。さらにMYPでは、探究の文脈である「グローバルな文脈」に取り組むことが重要となります。

③DP(Diploma Programme)
高校2年生と3年生の年齢を対象とするプログラムであり、これまでに獲得した概念や学習スキルを活用することで、汎用的な資質・能力の成熟を目指します。高等教育機関(大学)での学習の準備的な位置づけとなりますが、単なる受験を目的とした学びではありません。DPのプログラムでは、「言語と文学(母語)」「言語習得(外国語)」「個人と社会(歴史、経済、哲学等)」「実験科学(生物、化学、物理等)」「数学とコンピュータ科学」「芸術(美術、音楽、ダンス、演劇等)」の6つの学問分野を学習します。また、DPのプログラムにしかない「Extended Essay(課題論文)」「TOK(知の理論)」「CAS(創造性、活動、奉仕)」の3つのコア科目によって、大学の求めるアカデミックな資質、能力、態度を高校段階から育成します。

④CP(Career-related Programme)
高校2年生と3年生の年齢を対象とするプログラムであり、キャリア関連の総合学習プログラムです。教室での学びだけではなく、実地体験や職業体験もあります。日本での実施校はありません。

国際バカロレアの学習者像

「国際バカロレアの学習者像」は、「国際バカロレアの使命」を具体化したものであり、「国際的な視野をもつとはどういうことか」という問いに対する国際バカロレアの答えの中核を担っています。以下の10の人物像として表されています。国際バカロレアの学習者像は、日本の学習指導要領の考え方とも共通しているところが多く、日本の学校教育において大いに参考になります。 ①探究する人 ②知識のある人 ③考える人 ④コミュニケーションができる人  ⑤信念をもつ人 ⑥心を開く人 ⑦思いやりのある人 ⑧挑戦する人 ⑨バランスのとれた人  ⑩振り返りができる人

国際バカロレアの 6つの指導アプローチ

国際バカロレアの指導の特徴は、国際バカロレアが国際バカロレア認定校の教員の声を反映し、まとめています。これらは、国際バカロレア発行のガイド等に掲載され、国際バカロレア認定校や候補校などの教員がワークショップなどで体験的にわかりやすく学ぶことができます。ここでは『国際バカロレア(IB)とは何か』の6つの指導アプローチを説明します。

①探究を基盤とした指導
「児童生徒がそれぞれ独自に情報を入手し、独自の理解を構築することが重視されています。」(国際バカロレア機構)

②概念理解に重点を置いた指導
「各教科における理解を深め、児童生徒がつながりを見出し新しい文脈へと学びを転移させることを助けるために、概念の探究が行われます。」(国際バカロレア機構)

③地域的な文脈とグローバルな文脈において展開される指導
「指導には実際の文脈と例を用い、児童生徒は自分の経験や自分の周りの世界と関連づけて新しい情報を処理することが推奨されています。」(国際バカロレア機構)

④効果的なチームワークと協働を重視する指導
「児童生徒間でのチームワークと協働を促すだけでなく、教師と生徒間の協働関係もこれに含みます。」(国際バカロレア機構)

⑤学習への障壁を取り除くデザイン
「指導は包括的で、多様性に価値を置きます。児童生徒のアイデンティティを肯定し、すべての児童生徒が自身の適切な個人目標を設定し、それを追求するため、学習機会を創出することを目指します。」(国際バカロレア機構)

⑥評価を取り入れた指導
「評価は学習成果の測定だけでなく、学習の支援においても重要な役割を果たします。効果的なフィードバックを児童生徒に提供するということも、重要な指導方法のひとつとして認識されています。」(国際バカロレア機構)

国際バカロレアの5つの学習方法と10のスキルクラスター

国際バカロレアプログラムには、5つの学習法方法として5つのカテゴリーが設定されています。また、MYPプログラムではそれぞれのカテゴリーについて1つから3つで合計10のスキルクラスターが設定されています。これらのATL(Approaches to Learning)スキルは、国際バカロレアに特有のものではなく、国内外を問わず、学校種も超えて活用できる普遍的かつ汎用性のあるスキルです。国際バカロレア認定校に限らず、主体的・対話的・協働的な学びにつながるスキルですので、日本のあらゆる学校で活用して頂きたいです。

(1)コミュニケーションスキル
①コミュニケーションスキル

(2)社会性スキル
②協働スキル

(3)自己管理スキル
③整理整頓する力 ④情動スキル   ⑤振り返りスキル

(4)リサーチスキル
⑥情報リテラシースキル   ⑦メディアリテラシースキル

(5)思考スキル
⑧批判的思考スキル   ⑨創造的思考スキル ⑩転移スキル

全国の大学教育学部に国際バカロレア教員養成課程を設置し、全都道府県・全市町村に国際バカロレア校の設置を

AI時代・グローバル時代において、日本の教育は、残念ながら時代遅れかつこれからの社会で勝ち抜く力を身につけるには不十分です。日本の教育水準を世界標準に高め、子どもたちが将来、AI時代・グローバル時代で生き抜く力を身に付けるためには、国際バカロレア校を早急に日本の全都道府県・全市町村に設置する必要があります。これによって、多くの子どもたちが世界標準の英語を含めたコミュニケーションスキル、社会性スキル、自己管理スキル、リサーチスキル、思考スキル、さらにはIT・AIスキルを身につけ、幸せな人生を送ることができるようになります。日本の教育界が抱える教員不足、教員の長時間勤務、世界から遅れている教育システム、英語教育の失敗などの課題は現在の予算や政策では解決することができません。政府の教育投資の増額と納税者である国民の理解が不可欠です。本気で教育改革に取りかからなければ、日本は世界から取り残されてしまいます。今こそ世界標準の教育が求められています。

《参考》国際バカロレアやグローバル教育に関する参考文献・推薦図書

●東京学芸大学国際バカロレア教育研究会『国際バカロレアと教員養成』(学文社)
●Z会編集部『TOK(知の理論)を解読する~教科を超えた知識の探究〜』(Z会)
●後藤健夫『セオリー・オブ・ナレッジ~世界が認めた「知の理論」~』(ピアソン・ジャパン)
●アンドレアス・シュライヒャー『教育のワールドクラス~21世紀の学校システムをつくる~』(明石書店)
●大前研一『日本の論点2022~23』(プレジデント社)
●大前研一『AI時代を勝ち抜く学び~これからの社会に必要な視点とは何か~』(ビジネス・ブレークスルー出版)
●大前研一『変革~コロナ渦で加速する学びの潮流~』(ビジネス・ブレークスルー出版)
●白川寧々・鈴木款『わが子に今日からできる!世界標準の英語の学び方』(学陽書房)
●東京学芸大学附属国際中等教育学校『DP生徒用ガイド』(非売品)
●「グローバル人材をどう育てる」『月刊先端教育』2022年6月号(先端教育機構出版部)

森 弘達(もり ひろたつ)先生プロフィール

現在、学校法人大妻学院大妻中学高等学校進路指導部長・探究科主任(兼務)、国立大学法人東京学芸大学大学院教育学研究科(教職大学院)、学校法人電子学園情報経営イノベーション専門職大学客員教授、国分寺市介護保険運営協議会委員(国分寺市長委嘱)、国分寺市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画評価等検討委員会委員(国分寺市長委嘱)、国際バカロレアディプロマプログラム(IBDP)アドミニストレーター、国分寺マンション管理組合法人副理事長(日本一コミュニティ度の高い100年マンション構想を推進)。東京と沖縄を拠点に教育活動、探究や医学部受験に関する講演会やオンライン講演会を展開。大妻中学高等学校では主幹として、学則改定、併設型中高一貫校への移行、カリキュラム改革、STEAM探究講座・医療系探究講座・起業探究講座の設計・運営、コロナ対策などに取り組み、2022年度から進路指導部長・探究科主任を兼務し、新時代の進路指導体制の構築、総合的な探究の時間の設計・運営、医療系探究講座・起業探究講座の設計・運営、デザイン思考・システム思考・ジグソー法による主体的・対話的・協働的な学び等の先進的な授業の開発・導入に取り組んでいる。著書に『ハイスコア!共通テスト攻略現代社会』(Z会)、『特化型小論文チャレンジノート志望理由・自己PR編』(第一学習社)、探究教材『FUTURE』volume.1・2・小学生版・STEAM探究教材『FUTURE』volume.3(SRJ)など多数。コロナ渦でも自ら学びを進め、学校図書館司書教諭の免許取得、学校法人東京音楽大学指揮研修講座修了。国立大学法人東京学芸大学大学院では学校経営、学校組織マネジメント、学習する組織、システム思考等を研究している。2022年度から公立大学法人名桜大学においても高大接続講座やFD 研修を担当。

学校法人昭和薬科大学附属高等学校・中学校教諭・進路指導部主任・生徒指導部主任・高校3学年主任(高校3年担任として12回卒業生を送り出した)・吹奏楽部顧問・ディベート部顧問、学校法人武蔵野大学附属千代田高等学院副校長、沖縄県沖縄次世代委員会委員(沖縄県知事委嘱)、浦添市未来まちづくり委員会委員(浦添市長委嘱)、浦添市てだこ市民大学運営委員・講師(浦添市長委嘱)、浦添市まちづくり生涯学習推進協議会委員(浦添市長委嘱)、税務大学校沖縄研修支所講師、一般財団法人日本私学教育研究所研究員、大前研一創設特定非営利活動法人政策学校一新塾講師を歴任。