連載:森 弘達先生と読み解く 教育改革最前線⑫

起業家精神を育む アントレプレナーシップ教育と イノベーターの育成

~探究でアントレプレナーシップ教育とデザイン思考に取り組む~

岸田内閣は、2022年を「スタートアップ創出元年」と定め、今後5年間でスタートアップの数を10倍に増やすことを目標に「スタートアップ育成5か年計画」を策定しました。減速する日本経済を回復させ、新たな成長をもたらすには起業家精神を備えたイノベーターの育成が急務です。しかし、日本では「起業に対する意欲が低い」「大学におけるアントレプレナーシップ教育の受講者が少ない(1%程度)」「中学校・高等学校ではたったの1時間いや1分も起業が教えられておらず、アントレプレナーシップが知られていない」など多くの課題があります。今回は、アントレプレナーシップ教育とデザイン思考に精通し、大妻中学高等学校で先進的な起業探究講座の企画・監修・運営に携わり、東京都墨田区初の大学である学校法人電子学園iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授としてイノベーターの育成に取り組む森弘達先生がアントレプレナーシップ教育とデザイン思考について読み解きます。

アントレプレナーシップとは

アントレプレナーシップとは、起業家精神と訳すことが多く、ハーバード・ビジネス・スクール教授のハワード・スティーブンソンは、「自ら社会の課題を発見し周囲のリソースや環境の制限を越えて行動を起こし新たな価値を生み出していく精神」と定義しました。

アントレプレナーシップ教育とイノベーターの育成の必要性

20世紀を代表する経済学者の一人、ヨーゼフ・シュンペーターは、1942年に出版した『資本主義・社会主義・民主主義』の中で「創造的破壊が資本主義の本質となる事実である」と説き、資本主義経済では、社会・産業・企業に絶え間ない変化が起き、既存の体制や組織を破壊し、それが経済発展の原動力となっていることを明らかにしました。創造的破壊の原動力となるのがイノベーションであり、それを実現するのがイノベーターすなわちアントレプレナーです。
また、ノースイースタン大学第7代学長のジョセフ・E・アウンは、今後必要となる認知能力として「①システム思考、②アントレプレナーシップ(起業家精神)、③異文化アジリティ(世界中の多様な環境のなかで上手く活動し、相反する文化のレンズを通して状況を見る方法)、④批判的思考」を挙げています。そして、アウンは、機械の労働市場への侵入により、「アントレプレナーシップは、デジタル化した職場で自らを差別化する手段としてますます高い価値を持つ」とし、「①伝統的な起業モデル(新しいベンチャー産業の立ち上げ)と②すでにある機関や企業の文脈の内側での機能(革新的なマインドセットをもつ従業員は、企業に価値をもたらす新しい方法を生み出し、まだテクノロジーには習熟できない新しい領域を見出す。起業家的なエネルギーが企業に改革をもたらす)」という二つの機能を説いています。これらを踏まえ、「アントレプレナー、とくに社会的起業家精神を教えることは、国家にとって重要であり、大学にとっての優先事項であるべきだ」とAI時代の大学教育におけるアントレプレナーシップの必要性を述べました(ROBOT-PROOF「AI時代の大学教育」)。

SDGsの目標と アントレプレナーシップ教育

SDGs17の目標の四番目(SDGs4)は「質の高い教育をみんなに」であり、その目標には10のターゲットがあり、その中の一つに「2030年までに、技術的・職業的スキルなど、雇用、働きがいのある人間らしい仕事及び起業に必要な技能を備えた若者と成人の割合を大幅に増加させる」とあり、アントレプレナーシップ教育が質の高い教育として求められています。アントレプレナーシップ教育は世界の共通認識です。日本の学校現場ではSDGsに取り組むことが多いにもかかわらず、アントレプレナーシップがほとんど知られていないのが現状です。特に、総合的な探究の時間や総合的な学習の時間、進路指導においてアントレプレナーシップ教育に取り組むことが求められます。

スタートアップ創出元年と スタートアップ育成5カ年計画

岸田内閣は、「新しい資本主義」の実現に向けた取り組みを進めています。スタートアップは、社会的課題を成長のエンジンに転換して、持続可能な経済社会を実現する、まさに「新しい資本主義」の考え方を体現するものです。岸田内閣は、2022年を「スタートアップ創出元年」と定め、今後5年間でスタートアップの数を10倍に増やすことを目標に「スタートアップ育成5か年計画」を策定しました。特に、小中高生を対象にして、起業家を講師に招いての起業家教育の支援プログラムの新設や、小中高生向けに総合的な学習の時間等の授業時間も活用した起業家教育の実施の拡大が図られます。また、起業家教育に体系的に取り組む高校・高等専門学校や、STEM 分野12で高い能力を有する小中高生に対する教育機会の支援を強化することになっています。

デザイン思考との出会い

2014年、アメリカのシリコンバレーを訪ね、GAFAやスタンフォード大学dスクールで学び、デザイン思考に出会いました。そして、正解のない問いに向き合い、新しい価値を創造することの重要性を認識し、その後、10年に渡り、教育改革、学校改革、探究のデザインに取り組んできました。特に、探究において、アントレプレナーシップ教育を行い、生徒一人ひとりがデザイン思考を身に付け、社会課題の解決や進路探究に取り組み、人生をデザインする授業を実践しています。

図 デザイン思考、5つのステップ

出典:スタンフォード大学資料

アントレプレナーシップ教育 とデザイン思考を学校教育に

アントレプレナーシップ教育とデザイン思考は、総合的な探究の時間や総合的な学習の時間に導入することがその学習内容から適切だと考えられます。また、キャリア教育や進路指導の一環として、アントレプレナーシップ教育やデザイン思考を導入し、児童・生徒一人ひとりが自分の興味・関心を深め、自らの人生を社会との関係でデザインすることは、ウェルビーイングを探究し、人生を豊かにすることにつながると考えられます。

システム思考×デザイン思考 ×データ思考による探究

大妻中学高等学校の探究科では、MIT(マサチューセッツ工科大学)上級講師のピーター・М・センゲ著『学習する組織』の理論に基づいた教育実践に取り組んでいます。「学習する組織」とは、「人々がたゆみなく能力を伸ばし、心から望む結果を実現しうる組織、革新的で発展的な思考パターンが育まれる組織、共通の目標に向かって自由にはばたく組織、共同して学ぶ方法を絶えず学び続ける組織」です。そこでは、思考と対話を大切にしています。思考については、物事を一つ一つの部分や短期的に考えるのではなく、物事をシステム、パターンの全体や中長期的に考え、物事のつながり、人と人のつながりを大事にする「システム思考」、物事をデータ、数値を用いて科学的に考える「データ思考」、そして、アメリカのシリコンバレーで生み出された顕在化しているニーズを探るだけでなく、潜在的なニーズを見つけ、新たな価値を創造する「デザイン思考」と「アントレプレナーシップ」を学びます。また、対話については、差異や立場にかかわらず、それぞれの個を尊重し、認め合い、良いところを活かすダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包括性)をめざして、ジグソーパズルの一つ一つ異なったピースが合わさるように、ジグソー法や「学習する組織」を活用して質の高い対話を行っています。

産学連携や高大連携、教材活用によるアントレプレナーシップ教育

中学校や高等学校の教員のほとんどは、起業の経験がなく、アントレプレナーシップ教育やデザイン思考を実践するためのノウハウやスキルがないことが考えられますが、産学連携や高大連携、アントレプレナーシップ・プログラムやアントレプレナーシップ教材を活用することによって教員がアントレプレナーシップ教育やデザイン思考を実践することができます。以下に大妻中学高等学校におけるアントレプレナーシップ教育やデザイン思考の実践である大妻中学高等学校起業探究講座、推薦教材、参考文献・推薦図書を紹介します。参考になりましたら幸いです。

大妻中学高等学校 起業探究講座

(2021年度~2023年度・予定も含む) 企画・監修・運営 森弘達(大妻中学高等学校進路指導部長・探究科主任)

●「イノベーションの作り方」 講師 玉城絵美先生(琉球大学教授、東京大学特定客員教授、沖縄電力株式会社取締役)
●「夢も目標もない普通の女子学生が、好きなことを仕事にして22歳で起業し、25歳で年商1億円を稼ぐ」 講師 田中綾華氏(ROSE LABO株式会社代表取締役社長)
●「自身がブロガーから起業へ。個の発信力でトレンドを創る~インフルエンサー・マーケティング。女性だからできることを謳歌する」 講師 金本かすみ氏(株式会社ミンツプランニング代表取締役)
●「アフターコロナ?ニューノーマル!」 講師 中村伊知哉先生(情報経営イノベーション専門職大学学長、元慶應義塾大学大学院教授)
●「イノベーション・プロジェクト、シリコンバレー・バーチャルツアー」 講師 松村太郎先生(情報経営イノベーション専門職大学専任講師)
●「『人工流れ星』の実現に、あと一歩、純粋な好奇心、人びとを動かす『自分よりできる人』を味方につける」 講師 岡島礼奈氏(起業家、株式会社ALE代表取締役)
●「好奇心と学習の心理学、モチベーションが高まる学習環境とは?」 大田祥子氏(沖縄科学技術大学院大学(OIST)博士(認知心理学))
●「デザイン思考ワークショップ」 講師 川上慎市郎先生(情報経営イノベーション専門職大学学部長補佐・専任准教授)
●「直径5cmのロボットが世界を変える!女性に癒しを、家族に安心を。ココロとカラダを守る可愛いお守りペットロボット『omamolink』の開発」 講師 石川加奈子氏(起業家、株式会社grigry代表取締役)
●「インターネットの再来といわれるブロックチェーンとWeb3.0がつくる未来」 講師 砂川惠一郎先生(一般社団法人BTC教育協会、情報経営イノベーション専門職大学客員教授)
●「データ思考・データサイエンスとAI・メタバースによる起業」 講師 大城信晃氏(NOB DATA株式会社代表取締役)
●「教育による起業、生きる力・非認知能力を育てる教育~全国に230か所の幼稚園・保育園・認定こども園を運営、中学校・高等学校を経営、そして海外展開へ~」 講師 大塚雅斗先生(株式会社キッズコーポレーションホールディングス代表取締役社長、学校法人自然保育学園風と緑の認定こども園理事長、学校法人宇都宮海星学園理事長、COCO-RO PTE.LTD.Director(シンガポール)、藍綬褒章受章)
●「リアル社会科 企業研究」(日本生命、小林製薬、NECへの新商品・サービスの提案)・「アントレプレナーシップ・プログラム」(デザイン思考による社会課題の解決・ビジネスプラン) 講師 森弘達(大妻中学高等学校・進路指導部長・探究科主任)

《推薦教材》
●森弘達 探究教材『FUTURE』volume.1・2・3(SRJ)
●アントレプレナーシップ・プログラム『高校生Ring』(リクルートスタディサプリ) 《参考》アントレプレナーシップやデザイン思考に関する参考文献・推薦図書 ●忽那憲治他『アントレプレナーシップ入門[新版]』(有斐閣ストゥディア)
●船ケ山哲『10歳から始める!起業家になるための「7つのレッスン」』(辰巳出版)
●山脇秀樹『15歳からの人生戦略』(東洋経済)
●廣田章光『デザイン思考』(日本経済新聞出版)
●東大EMP・横山禎徳『デザインする思考力』(東京大学出版)
●松本勝『デザイン思考2.0』(小学館新書)

森 弘達(もり ひろたつ)先生プロフィール

現在、学校法人大妻学院大妻中学高等学校進路指導部長・探究科主任(兼務)、国立大学法人東京学芸大学大学院教育学研究科(教職大学院)、学校法人電子学園情報経営イノベーション専門職大学客員教授、国分寺市介護保険運営協議会委員(国分寺市長委嘱)、国分寺市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画評価等検討委員会委員(国分寺市長委嘱)、国際バカロレアディプロマプログラム(IBDP)アドミニストレーター、国分寺マンション管理組合法人副理事長(日本一コミュニティ度の高い100年マンション構想を推進)。東京と沖縄を拠点に教育活動、探究や医学部受験に関する全国講演会やオンライン講演会、教員研修会を展開。大妻中学高等学校では主幹として、学則改定、併設型中高一貫校への移行、カリキュラム改革、STEAM探究講座・医療系探究講座・起業探究講座の設計・運営、コロナ対策などに取り組み、今年度から進路指導部長・探究科主任を兼務し、新時代の進路指導体制の構築、総合的な探究の時間の設計・運営、医療系探究講座・起業探究講座の設計・運営、デザイン思考・システム思考・ジグソー法による主体的・対話的・協働的な学び等の先進的な授業の開発・導入に取り組んでいる。著書に『ハイスコア!共通テスト攻略現代社会』(Z会)、『特化型小論文チャレンジノート志望理由・自己PR編』(第一学習社)、探究教材『FUTURE』volume.1・2・小学生版・STEAM探究教材『FUTURE』volume.3(SRJ)など多数。コロナ禍でも自ら学びを進め、学校図書館司書教諭の免許取得、学校法人東京音楽大学指揮研修講座修了。国立大学法人東京学芸大学大学院では学校経営、学校組織マネジメント、学習する組織、システム思考等を研究している。2022年度から公立大学法人名桜大学において、高大接続事業研修会及び大学教員対象の「大学教員の教育能力を高めるための実践方法」であるFD(ファカルティ・ディベロップメント)研修会の講師を務める。
学校法人昭和薬科大学附属高等学校・中学校教諭・進路指導部主任・生徒指導部主任・高校3学年主任(高校3年担任として12回卒業生を送り出した)・吹奏楽部顧問・ディベート部顧問、学校法人武蔵野大学附属千代田高等学院副校長、沖縄県沖縄次世代委員会委員(沖縄県知事委嘱)、浦添市未来まちづくり委員会委員(浦添市長委嘱)、浦添市てだこ市民大学運営委員・講師(浦添市長委嘱)、浦添市まちづくり生涯学習推進協議会委員(浦添市長委嘱)、税務大学校沖縄研修支所講師、一般財団法人日本私学教育研究所研究員、大前研一創設特定非営利活動法人政策学校一新塾講師を歴任。