連載:森 弘達先生と読み解く 教育改革最前線 ⑬
AI(人工知能)による教育革命とHI(人間知性)を育てる教育
~ChatGPTの活用とAI時代に知性を育てることの重要性~
誰もが予想していなかったChatGPTの突然の登場と前代未聞の急速な普及は、世界中で産業界だけでなく教育界にも大きな影響を与えると議論が高まっています。教育界では初等中等教育だけでなく、高等教育機関である大学も期待と混乱で揺れています。今回は、500名以上が聴講したセミナー「ChatGPTとメタバース」(TOKYO EDUCATION LAB主催)に登壇し、大妻中学高等学校で先進的なSTEAM教育やアントレプレナーシップ教育、各種探究講座の企画・監修・運営に携わり、学校法人電子学園iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授としてイノベーターの育成に取り組む森弘達先生がChatGPTによる教育革命とAI時代に知性を育てることの重要性について読み解きます。
ChatGPTとは何か
ChatGPTは、OpenAI社が開発した大規模言語モデル(LLM)と呼ばれるAIです。2022年11月末にリリースされ、僅か2ヶ月の間に1億ユーザーを獲得しました。ChatGPTにはGPT-3.5(無料版)とGPT-4(有料版)があります。GPT-4はGPT-3.5と比べて優秀です。仕事や教育活動での活用には、GPT-4がおすすめです。
ChatGPTを使用する際の注意事項
ChatGPTは、もっともらしい嘘をつきます。論⽂名や書籍名、URLなどはかなりの頻度で嘘をつきます。ChatGPTが回答した内容が正しいかどうかを常に疑って確認する必要があります。また、ChatGPTに送った質問内容は、ChatGPTのシステムに蓄積され、学習される可能性があり、送信した内容を他者が引き出すことも原理的に可能です。業務で知り得た機密情報、個人情報、入学試験問題の原稿などは質問に含めてはいけません。情報漏洩の危険があります。さらに、設定がオプトイン(申請すれば送信情報が取り込まれる)かオプトアウト(申請すれば送信情報が取り込まれない)になっているかを確認した上で、利用することが重要です。これらの点について、学校や家庭でしっかりと注意喚起する必要があります。
産業界への影響
産業界への影響はとても大きいと言われています。ゴールドマンサックスは、AIが3億⼈の仕事を奪い、世界のGDPを7%程度引き上げるという予測を2023年3月末に発表しました。2019年の世界のGDPが86兆ドル程度なので、7%は約6兆ドル、日本円で約800兆円規模の大きなインパクトとなります。
また、生成AIは3億人の雇用に影響を与え、アメリカでは、AIに取って代わられるリスクが最も高いのは、事務および管理支援職(46%)であり、法務職(44%)、建築設計およびエンジニアリング職(37%)が続き、AIの影響が最も小さい職は、清掃や保守、設置および修理、建設関連の職業が挙げられています(Goldman Sachs The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence on Economic Growth)。
さらに、産業界の反応は早く、多くの 企業での活⽤も進み、例えば、パナソニックでは9万⼈が活⽤しています(https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00537/052300026/)。
大企業を中心に広告業界、金融業界、建設業界、教育業界での活用もはじまり、産業界に産業革命の波が起こりつつあります。
教育界への影響
生成AIは、活用法によっては学習を支援し、児童・生徒一人ひとりの成長を加速するツールになる大きな可能性を持っています。しかし、一方で、安易に宿題を生成AIに回答させたり、レポートを生成AIに書かせたりすると学習を放棄させ、学習を阻害するツールになる危険性も持っています。
先進的な教育を行う一部の学校や塾・予備校では自らの判断で教育活動に生成AIの導入が進められています。今後、私たちが日々、仕事、学習、生活のあらゆる場面でインターネットを利用しているのと同じように、生成AIの利用が進むことが予想されます。教育界には教育活動に生成AIを活用することを前提に教育活動の全てを見直すことが求められます。
ChatGPTが大学入学共通テストで高得点、難関大合格レベル?
GPT-4が全国の受験生の平均点よりも高得点という結果から生成AIの賢さがわかります。一方で、GPT-3.5の得点率は伸び悩みました。GPT-4(有料版)とGPT-3.5(無料版)ではこんなにも差があります。結果から次のような傾向があることがわかります。英語はGPT-3.5もGPT-4も受験者平均を大きく上回っています。また、国語と倫理、政治・経済はGPT-3.5とGPT-4の間で大きな差があります。さらに、国語はGPT-4も得点率が高くありません。
ChatGPTの得意科目や得意分野は?
ChatGPTに、得意科⽬を回答させると次のような結果になります。情報の正確性という意味では⾃信がある科⽬とそうでない科⽬があるようです(ChatGPT部のブログhttps://note.com/chatgpt_nobdata/
n/nd82565899570)。数学、英語、コンピュータサイエンスなどは得意な一方、実技や高度な知識が必要な分野は苦手なようです。
ChatGPTを家庭教師として活用できるか?
ChatGPTを家庭教師として活用するのであれば、GPT-4とプラグインの活⽤をおすすめします。有料版のChatGPT-4の利用者は、ChatGPTが外部のインターネットの サービスを利⽤できる「プラグイン」 の利⽤が可能です 。プラグイン利⽤前は、ChatGPTが暗算で回答をしているような状態ですが、プラグインを利用することによって、インターネットで検索したり、プログラミングを実⾏したり、テキストの⾳声発話などもできるようになります。
文部科学省がガイドラインを公表
文部科学省は2023年7月4日、「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」を公表しました。国が小学校から高等学校までの学校現場における生成AI、特に対話型の文章生成AIを念頭として、その利用に関する考え方を示したものです。
生成AIの活用が適切でないと考えられる例や生成AIの活用が考えられる例を例示しています。今回のガイドラインの位置づけは、暫定的に取りまとめたものであり、文部科学省は今後も関係者からのフィードバックなどを踏まえて、機動的に改訂するとしています。各学校は、このガイドラインに沿って生成AIを教育活動に活用したり、児童・生徒に対して、生成AI利用の注意喚起を行ったりすることになります。
大切なことは、学校が利用を一方的に禁止するだけでは問題が解決しないことを理解し、生成AIが抱える問題点や注意点を説明しつつ、ChatGPTのようなイノベーションと向き合い、どのように活用していくかという観点で利用を前提に教育活動を全て見直す方向に進むことです。
参考 文部科学省「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」(2023年7月4日)
https://www.mext.go.jp/content/20230710-mxt_shuukyo02-000030823_003.pdf
東京大学の対応
東京大学は2023年4月3日に太田邦史理事・副学長が生成AIに関して、教員や学生に対する声明を公表しました。ChatGPTの利用を前提にすべてを見直す方向性が示されました。生成AIに揺れている教育界の中で否定的な声明を示す大学もあった中で、東京大学はいち早く前向きな姿勢を学内外に示しました。
参考 生成系AI(ChatGPT, BingAI, Bard, Midjourney, Stable Diffusion等)について(2023年4月3日 東京大学理事・副学長(教育・情報担当) 太田 邦史)
https://utelecon.adm.u-tokyo.ac.jp/docs/20230403-generative-ai
AI時代に重要なHI(人間知性)を育てる教育の重要性
AI(人工知能)は、ビッグデータの中から「正解のある問い」に対して瞬時に回答することができます。人間の知能は、情報量や情報処理速度においてもはやAIに勝つことはできません。先述の通り、現在、私たちが行っている仕事の多くが新たに進化したAIによって奪われるでしょう。一方で、AIを活用することによって、私たちは無駄な仕事や重労働・長時間労働から解放される可能性もあります。いずれにせよ、AI時代に私たちの存在意義は何でしょうか。また、AI時代の教育には何が求められるのでしょうか。
AI時代に、AIは「正解のある問い」に対して瞬時に答えを出すことができますが、AIは「正解のない問い」に対しては答えを出すことはできず、もっともらしい嘘をつくでしょう。ここで私たち人間の存在意義が大きくなります。私たち人間は、「正解のない問い」に対してじっくりと考え抜いて、知恵を出し合い、対話によって答えを出すことができます。これは人間の知能ではなく知性です。AI時代にはAIにはないHI(Human Intelligence 人間知性)がこれまで以上に重要になります。
地球環境問題、生物多様性の危機、エネルギー問題、国際情勢の不安定化など、私たち人類は「正解のない問い」への回答を迫られています。これらはAIに回答することはできません。私たちは新たに進化するAIを使いこなしながらもHIを磨かなければなりません。AI時代の教育で重要なことは、HIを育むことです。そのためには、からだとこころをつくり、脳を鍛え、自分と向き合い、じっくり考え、他者とのつながりを大切にして対話を重ね、「正解のない問い」に答えを出し、行動していくことが大切です。家庭でも学校でも地域でもこれらを大切にしていけば、AI時代の生きる力であるHIを育むことができると考えています。
《推薦教材》
●森弘達 探究教材『FUTURE』volume.3「STEAM編」(SRJ)
《推薦ブログ》
●NOB DATA『ChatGPT部』
(https://note.com/chatgpt_nobdata/)
《参考》ChatGPTやAI・HIに関する参考文献・推薦図書
●安川新一郎『ブレイン・ワークアウト』(KADOKAWA)
●清水亮『教養としての生成AI』(幻冬舎新書)
●日経ビジネス・日経クロステック・日経クロストレンド『ChatGPTエフェクト』(日経BP)
●日経XTECH『ChatGPT産業革命』(日経BP)
森 弘達(もり ひろたつ)先生プロフィール
現在、学校法人大妻学院大妻中学高等学校進路指導部長・探究科主任(兼務)、国立大学法人東京学芸大学大学院教育学研究科(教職大学院)、学校法人電子学園情報経営イノベーション専門職大学客員教授、国分寺市介護保険運営協議会委員(国分寺市長委嘱)、国分寺市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画評価等検討委員会委員(国分寺市長委嘱)、国際バカロレアディプロマプログラム(IBDP)アドミニストレーター、国分寺マンション管理組合法人副理事長(日本一コミュニティ度の高い100年マンション構想を推進)。東京と沖縄を拠点に教育活動、探究や医学部受験に関する全国講演会やオンライン講演会、教員研修会を展開。大妻中学高等学校では主幹として、学則改定、併設型中高一貫校への移行、カリキュラム改革、STEAM探究講座・医療系探究講座・起業探究講座の設計・運営、コロナ対策などに取り組み、今年度から進路指導部長・探究科主任を兼務し、新時代の進路指導体制の構築、総合的な探究の時間の設計・運営、医療系探究講座・起業探究講座の設計・運営、デザイン思考・システム思考・ジグソー法による主体的・対話的・協働的な学び等の先進的な授業の開発・導入に取り組んでいる。著書に『ハイスコア!共通テスト攻略現代社会』(Z会)、『特化型小論文チャレンジノート志望理由・自己PR編』(第一学習社)、探究教材『FUTURE』volume.1・2・小学生版・STEAM探究教材『FUTURE』volume.3(SRJ)など多数。コロナ禍でも自ら学びを進め、学校図書館司書教諭の免許取得、学校法人東京音楽大学指揮研修講座修了。国立大学法人東京学芸大学大学院では学校経営、学校組織マネジメント、学習する組織、システム思考等を研究している。2022年度から公立大学法人名桜大学において、高大接続事業研修会及び大学教員対象の「大学教員の教育能力を高めるための実践方法」であるFD(ファカルティ・ディベロップメント)研修会の講師を務める。
学校法人昭和薬科大学附属高等学校・中学校教諭・進路指導部主任・生徒指導部主任・高校3学年主任(高校3年担任として12回卒業生を送り出した)・吹奏楽部顧問・ディベート部顧問、学校法人武蔵野大学附属千代田高等学院副校長、沖縄県沖縄次世代委員会委員(沖縄県知事委嘱)、浦添市未来まちづくり委員会委員(浦添市長委嘱)、浦添市てだこ市民大学運営委員・講師(浦添市長委嘱)、浦添市まちづくり生涯学習推進協議会委員(浦添市長委嘱)、税務大学校沖縄研修支所講師、一般財団法人日本私学教育研究所研究員、大前研一創設特定非営利活動法人政策学校一新塾講師を歴任。