連載:森 弘達先生と読み解く 教育改革最前線④

非認知能力が子どもを伸ばす~今、日本の教育に最も必要な非認知能力の育成と可視化~

近年、「自己理解力」「自己肯定感」「やり抜く力」「チームワーク」「リーダーシップ」「対人コンフリクト管理」などの非認知能力が注目されています。日本の子どもたちは他国の子どもたちと比べて「自己肯定感」が低く課題となっています。一方、アメリカでは国をあげてのSEL(Social Emotional Learning)の取り組みが広がり、学力、自己肯定感が向上し、成果があがっています。今回は、体験学習や探究による非認知能力の育成や非認知能力の可視化に積極的に取り組み、先日、非認知能力の第一人者であるボーク重子氏とともに探究・非認知能力セミナーに登壇された森弘達先生が非認知能力の育成と可視化について読み解きます。

学力テストで測れない 非認知能力の重要性が 世界で初めて示された

世界で初めて非認知能力を提唱したのは、ジェームズ・J・ヘックマン教授(2000年にノーベル経済学賞受賞)でした。ペリー・プレスクール・プロジェクト(1962年~1967年)と呼ばれたアメリカで行われた就学前教育の社会実験では、3~4歳の子どもの半数に幼児教育プログラムを2年間実施後、40年に渡り、プログラムを受けたグループと受けなかったグループを追跡調査しました。プログラムを受けたグループは、受けなかったグループと比較して、高校卒業率、持ち家率、平均所得が高い、生活保護受給率、逮捕率が低い結果となりました。この実験によって、人生の成功は、認知能力だけでなく、非認知能力が必要であることが示されました。

認知能力、非認知能力 とは何か

まず、認知能力は、OECDによる社会情動的スキルと認知的スキルのフレームワークにおいて、①パターン認識・処理速度・記憶などの「基礎的認知能力」、②呼び出す・抽出する・解釈するなどの「獲得された知識」、③考える・推論する・概念化するなどの「外挿された知識」と説明されています。一方、非認知能力は、社会情緒的スキルであり、①忍耐力・自己抑制・目標への情熱である「目標の達成」、②社交性・敬意・思いやりである「他者との交流」、③自尊心・楽観性・自信などの「感情コントロール」と説明されています(OECD著・ベネッセ教育総合研究所企画制作『社会情動的スキル』(明石書店)参照)。  また、大妻中学高等学校で昨年度実施した非認知能力可視化ツールであるディスカバリー·メソッド(株式会社Z会ソリューションズ・Space BD 株式会社)において、非認知能力は、DeSeCo(デセコ)のキーコンピテンシーに見られる3領域の能力として(1)自己理解・自己管理能力(対自己)、(2)対人関係能力/協働+共創の能力(対他者)、(3)課題設定・解決能力(対課題)があり、JAXAがNASA等と定めた「宇宙飛行士として求められる行動と心構え」に基づいた8つの能力として①自己管理、②コミュニケーション、③異文化適応、④チームワークと集団行動、⑤リーダーシップ、⑥対人コンフリクト管理、⑦状況認識、⑧意思決定と問題解決が挙げられており、生徒、保護者、教員が非認知能力についての理解を深め、非認知能力を伸ばすうえで学校教育現場にとって最適なものと考えています。
参考 3領域の能力、8つの能力 (株式会社Z会ソリューションズHP 非認知能力可視化ツールディスカバリー·メソッドより) https://www.zkai.co.jp/solutions/teacher/ discovere_method/

非認知能力と 新学習指導要領

新学習指導要領リーフレット』(文部科学省)では、「学校で学んだことが、子供たちの『生きる力』となって、明日に、そしてその先の人生につながってほしい。これからの社会が、どんなに変化して予測困難になっても、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、判断して行動し、それぞれに思い描く幸せを実現してほしい。そして、明るい未来を、共に創っていきたい」と、非認知能力の育成が目指されています。  また、非認知能力は新学習指導要領の「資質・能力の3つの柱」である①実際の社会や生活で生きて働く「知識及び技能」、②未知の状況にも対応できる「思考力、判断力、表現力」、③学んだことを人生や社会に生かそうとする「学びに向かう力や人間性」などにつながっていると考えることができます。

アメリカで注目される SELを日本でも

SEL(Social Emotional Learning)は社会情緒的教育と訳されていますが、日本ではほとんど知られていません。アメリカでは、新しい時代を生き抜くために必要な社会性や情緒を定義し、国をあげて教育に取り組まれています。①感情を理解し適切に対処する、②前向きな目標を設定し達成する、③他人に対して思いやりを示す、④他者と良い関係を築き維持する、⑤責任ある意思決定をする、の5つが定義されています。1994年に全米で教育団体「CASEL」が設立され、SELを推進しています。アメリカでSELが広がった背景には、ブッシュ政権の学力格差解消策による学力テスト重視への反省があります。学力テスト重視によって「思考力」「判断力」「表現力」「人間関係」「コミュニケーション能力」などが軽視されたのではないかという批判が高まりました。これを受けて、2015年にオバマ政権が政策を転換したことから、SELが全米で注目され、教育活動に広く取り入れられるようになりました。  先日、私は『「非認知能力」の育て方』の著者ボーク重子氏とトークセッションで対談する機会を得ました。ボーク氏は「アメリカでは50州すべてで就学前までのゴール、18州では高等学校までのゴールが設定され、カリキュラムにSELが組み込まれています」と話されていました。親や教員が子どもたちの活動に共感し、知識詰込みで正解を記憶させるだけでなく、正解のない問いに対して自分なりの答えを出す子どもたちを否定せず、子どもたちの自分なりの答えを褒め、子どもたちがたとえ失敗しても寄り添い、対話を重ねることが大切であり、自己肯定感を高めることにつながるという結論を共有することができました。

非認知能力を重視した キャリア教育と進路指導

日本は少子高齢化と人口減少の中で多くの課題を抱え、課題先進国といわれています。特に、日本の国際競争力の低下と20年以上所得が増えていないことは大きな問題です。先進国の中で名目賃金が下がっているのは日本だけです。このような中でイノベーションとそれを起こすイノベーション人材の育成が必要です。イノベーション人材を育成するために欠かせないのが「ゼロからイチを生み出す力」「異なったものを掛け合わせる力」を育む教育です。この教育には認知能力を育むだけでなく、非認知能力を育むことが大切です。  このような社会の変化に対応するため、認知能力だけでなく非認知能力を重視した大学入試への移行(総合型選抜・学校推薦型選抜)が進んでいます。具体的には、志望理由書、小論文、面接を重視した選抜方法への変更です。私立大学入試では定員の半数以上が総合型選抜・学校推薦型選抜であり、一般選抜は半数未満です。国公立大学では定員の3割を総合型選抜・学校推薦型選抜に移行する改革が進められています。

非認知能力の育成と 可視化

非認知能力を育む学校の教育活動として、学校行事などを通した体験活動、総合的な学習の時間、総合的な探究の時間、LHRなどの特別活動、委員会活動、部活動などが考えられます。大妻中学校では私が監修・執筆を担当した『FUTURE』を活用した総合的な学習の時間・道徳及び非認知能力可視化ツールであるディスカバリー·メソッドを活用した取り組みを行っています。まず、『FUTURE』を活用し、正解のない問いに向き合い、主体的・対話的・協働的に学び、自分なりの答えを導くことを通して非認知能力を育成します。また、ディスカバリー·メソッドは、これからの社会で求められる自己管理力やコミュニケーション能力などの非認知能力を可視化し、振り返りを通して生徒の主体的な行動変容を促す、アセスメント+振り返りのツールです。アセスメントはアンケート形式の自己評価だけでなく、テスト形式の客観評価を取り入れ、自己評価とのズレや、成長のためのネックを分析することができます。振り返りは「振り返り学習」・「経験学習」のメソッドを応用したワークを用いて、具体的な行動目標の策定をサポートすることができます。

考 非認知能力の育成と非認知能力の可視化に最適な推薦教材・アセスメント ●JAXA 井上夏彦・堂山浩太郎監修、Z会グループ編・Space BD株式会社編、北川達夫訳『宇宙飛行士の教科書』(観世音) ●探究学習教材 森弘達監修・執筆 『FUTURE』(株式会社SRJ) https://speedreading.co.jp/products/future/ ●ディスカバリー・メソッド (株式会社Z会ソリューションズ) https://www.zkai.co.jp/solutions/teacher/ discovere_method/ 参考 非認知能力に関する参考文献・推薦図書 ●ボーク重子著『「非認知能力」の育て方』(小学館) ●中山芳一著『学力テストで測れない非認知能力が子どもを伸ばす』(東京書籍) ●ポール・タフ『私たちは子どもに何ができるのか~非認知能力を育み、格差に挑む』(英治出版) ●西岡壱誠・中山芳一著『「ドラゴン桜」に学ぶ東大メンタル』(日経BP) ●森口佑介著『自分をコントロールする力~非認知スキルの心理学』(講談社現代新書) ●「非認知能力の育み方と評価法」『月刊先端教育』2021年8月号(先端教育機構出版部)

[森 弘達先生プロフィール]

現在、学校法人大妻学院大妻中学高等学校主幹、国立大学法人東京学芸大学大学院教育学研究科(教職大学院)、学校法人電子学園情報経営イノベーション専門職大学客員教授、学校法人東京音楽大学指揮研修講座研修生、国分寺市介護保険運営協議会委員(国分寺市長委嘱)、国分寺市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画評価等検討委員会委員(国分寺市長委嘱)、国際バカロレアディプロマプログラム(IBDP)アドミニストレーター、東京と沖縄を拠点に教育活動を展開。探究、非認知能力、STEAM教育、医療探究などのセミナーや講演多数。著書に『ハイスコア!共通テスト攻略現代社会』(Z会)、『特化型小論文チャレンジノート志望理由・自己PR編』(第一学習社)、探究教材『FUTURE』volume.1・2・小学生版・STEAM探究教材『FUTURE』volume.3(SRJ)など多数。 2019年にスタートしたジュクタン×ジュンク堂書店那覇店プレゼンツ「森弘達先生 教育考演会」は4回を数え、小中高生・大学生・保護者・教員、研究者、経営者、政治家など幅広い参加があり、毎回好評。次回は2022年3月に開催予定。 学校法人昭和薬科大学附属高等学校・中学校教諭・進路指導部主任・生徒指導部主任・高校3学年主任・吹奏楽部顧問・ディベート部顧問、学校法人武蔵野大学附属千代田高等学院副校長、沖縄県沖縄次世代委員会委員(沖縄県知事委嘱)、浦添市未来まちづくり委員会委員(浦添市長委嘱)、浦添市てだこ市民大学運営委員・講師(浦添市長委嘱)、浦添市まちづくり生涯学習推進協議会委員(浦添市長委嘱)、一般財団法人日本私学教育研究所研究員、大前研一創設特定非営利活動法人政策学校一新塾講師を歴任。