連載:森 弘達先生と読み解く 教育改革最前線③~新しい学び「探究」とは?~

2022年度、高等学校で 「総合的な探究の時間」がはじまる

2022年4月から実施される高等学校学習指導要領では、総合的な学習の時間が総合的な探究の時間に変更されます。 これまでの総合的な学習の時間では、課題を設定し、解決していくことで、自己の生き方を考えていくという目標の下、 教科・科目等の枠を超えた横断的・総合的な学習が行われてきました。今回の改訂では、総合的な探究の時間と名称が変更され、 探究が高度化し、自律的に行われることとされています。時代を先取りし、25年前から探究教育に取り組んでいる森弘達先生が読み解きます。今回は、実践研究を行ってきた学校法人電子学園情報経営イノベーション専門職大学客員教授の斉藤健先生のインタビューも掲載します。

激動する社会の中で 求められる探究

社会の変化が激しく、将来の予測が困難なVUCA時代の到来により、自ら社会課題を発見し、主体的に解決する姿勢や考え方、行動力が求められています。2020年からの新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によってこの傾向は強まっています。  また、人生100年時代の到来により、社会活動(仕事等)を行う期間が長期化しているのと同時に、テクノロジーによる変革やグローバリズムの進展により、産業や仕事の内容が急速に大きく変化しています。このような中で21世紀型能力等の汎用的能力、社会を生き抜く力を育む学習が必要です。  さらに、働き方改革の推進、フルタイム・終身雇用からの脱却、職業において求められる能力や資質が大きく変化します。オックスフォード大学教授のオズボーン先生は、2030年に必要なスキルの1位は「戦略的学習力(自ら学び続ける能力)」と述べています。三菱総合研究所理事長で元東京大学総長の小宮山宏先生は、「課題先進国の提唱や創造性といった資質の重要性の高まり」を説いています。  これらの能力や資質を身につけるためには、従来型の授業では習得不可能であり、探究によって補っていく必要があります。

探究の目標

総合的な探究の時間の目標は、学習指導要領において「探究の見方・考え方を働かせ、横断的・総合的な学習を行うことを通して、自己の在り方生き方を考えながら、よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を次のとおり育成すること」と定められています。 (1)探究の過程において、課題の発見と解決に必要な知識及び技能を身に付け、課題に関わる概念を形成し、探究の意義や価値を理解するようにする。 (2)実社会や実生活と自己との関わりから問いを見いだし、自分で課題を立て、情報を集め、整理・分析して、まとめ・表現することができるようにする。 (3)探究に主体的・協働的に取り組むとともに、互いのよさをいかしながら、新たな価値を創造し、よりよい社会を実現しようとする態度を養う。

探究における 生徒の学習の姿

徒は、探究を通して「①日常生活や社会に目を向けた時に湧き上がってくる疑問や関心に基づいて、自ら課題を見付け、②そこにある具体的な問題について情報を収集し、③その情報を整理・分析したり、知識や技能に結び付けたり、考えを出し合ったりしながら問題の解決に取り組み、明らかになった考えや意見などをまとめ・表現し、そこからまた新たな課題を見付け、さらなる問題の解決を始めるといった学習活動を発展的に繰り返していく」と学習指導要領で述べられています。  生徒一人ひとりは探究を通して感性や問題意識が揺さぶられて、学習活動への取り組みが真剣になります。また、自己との関わりを意識して課題を発見し、広い情報源から多くの方法で情報を収集し、身につけた知識・技能を活用します。その際に生徒たちは教科・科目で学んだ知識・技能を横断的なつながりで捉え、豊かに学習する姿を現します。 参考 探究的な学習における生徒の学習の姿 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 総合的な探究の時間』より

探究で何を学ぶのか ~探究課題~

習指導要領で目標を実現するにふさわしい探究課題として、現代的な諸課題に対応する横断的・総合的な課題、地域や学校の特色に応じた課題、生徒の興味・関心に基づく課題、職業や自己の進路に関する課題の四つの課題が例示されています。  学習指導要領では、現代的な諸課題に対応する横断的・総合的な課題として、国際理解、情報、環境、福祉、健康、地域や学校の特色に応じた課題として、まちづくり、伝統文化、地域経済、防災、生徒の興味・関心に基づく課題として、文化の創造、教育・保育、生命・医療、職業や自己の進路に関する課題として、職業、勤労などがあげられています。

時代を先取りした 探究学習「わたしたちの 『沖縄問題』」

私は、二十五年前、高等学校で総合的な学習の時間が実施される前から昭和薬科大学附属高等学校で探究教育を先進的に実践しました。沖縄問題という地域課題について、高校生が自ら問いを立て、資料を調べ、フィールドワークを行い、自分の考えを四千字の論文にまとめるという探究です。  私は当時から、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力を生徒一人ひとりが持てることを重視して授業や学習活動を展開してきました。このような教育活動の中から世界、全国、沖縄の各分野の第一線で活躍する人材が育ったことは、私にとって最高の喜びであり、教え子たちは沖縄の宝です。私が四半世紀前から実践してきた探究教育が二〇二〇年度から全国の高等学校でようやく実施されます。探究によって教育、そして社会がより良くなることを願っています。

考 二五年前に昭和薬科大学附属高等学校の生徒たちが取り組んだ探究のテーマ

森弘達著『わたしたちの「沖縄問題」』(ボーダーインク)より
・安保条約と在日米軍の存在意義
・米軍の犯罪と人権 ・嘉手納の騒音問題   -健康被害の側面から-
・沖縄の基地経済   -軍用地料と基地従業員-
・米軍基地と民主政治   -名護市民投票を通して-
・海上ヘリポート建設から考える平和の  創り方 ・普天間基地返還と跡利用について
・コザ暴動の背景にあったもの   -なぜ、暴動が起きたのか、    ウチナーンチュの怒りの源を見る-
・朝鮮従軍慰安婦たちの昔と今
・物価・地価から見る   -沖縄と本土との格差- ・沖縄の観光について
・沖縄の花き園芸の現状 ・沖縄の漁業 ・サンゴの海と「赤土汚染」公害
・ジュゴンの保護と地域振興   -北部地域振興の在り方-
・沖縄県の高齢者福祉問題   -福祉施設か在宅介護か-
・僻地医療とマルチメディア   -マルチメディアで僻地医療はどう   変わっていくか-
・新石垣空港建設問題   -現在の空港の危険性-
・沖縄県の公共スポーツ施設の現状と将来

探究を通して身につく 資質・能力

生徒一人ひとりが探究を通して、今を読み解き、未来を考えてほしい。また、生徒一人ひとりが探究を通して、知識・技能、思考力、判断力、表現力、学びに向かう力、人間性を身につけることができます。私は執筆した探究学習教材『FUTURE』の「はじめに」で、探究を通して身につく資質・能力について次のように述べています。 一〇年後、みなさんはどんな生活をしていますか?一〇年後、世の中はどうなっていると思いますか?  「みらい」を予想するのは簡単ではありません。でも、「みらい」について考えることはできます。  「不思議だな」…そんな疑問には、思考力(深く考える力)が助けとなります。「どうしよう」…そんな迷いには、判断力(主体的に考える力)が助けとなります。「こうしたら」…そんな気持ちには、表現力(対話的に考える力)が助けとなります。  思考力、判断力、表現力。これからの学びの中で、この三つの力が重要な武器になります。しかし、武器は持っているだけでは上手く使えません。そのためには使い方をしっかり学ばねばなりません。使い方を学ぶことで、自分や世の中のこれからを「探究」できるようになります。「探究」がみなさんの「みらい」を輝かせてくれます。  そんな力を身につけて「みらい(FUTURE)」に飛び出してみませんか? (『FUTURE』森弘達監修・執筆、斉藤健執筆)「はじめに」より)

森弘達先生とともに探究学習教材『FUTURE』を執筆した学校法人電子学園情報経営イノベーション専門職大学客員教授 斉藤 健(さいとうたけし)先生

[インタビュー]

最近では、総合的な探究の時間という形や、教科ごとの探究という形によって、多方面での探究学習が注目されるようになっています。そこでは、求められる資質・能力、求められる姿が示されることがありますが、「求められる」というのは「受動的」なものになりがちです。すると、「義務感」のようなものが出てきてしまうかもしれません。しかし、探究学習に限らず、学びというものは「新しい知識・発見との出会い」であり、「ワクワク感」に満ちているものです。探究はまさにそのようなものであり、課題設定→情報収集→整理・分析→まとめ・表現というプロセスを通じて、世の中にある謎や疑問を明らかにし、解決の糸口・方向性を見つけることで、自分の世界が深く・広くなっていく知的営みです。もっと自由に自然に、「不思議だな」「どうしてだろう」と思うことの中に飛び込んでいって、「学びの冒険」に没頭することが「探究の本質」ではないかと私は考えています。探究は純粋に楽しいものだと思います。

[森 弘達先生プロフィール]

現在、学校法人大妻学院大妻中学高等学校主幹、国立大学法人東京学芸大学大学院教育学研究科(教職大学院)、学校法人電子学園情報経営イノベーション専門職大学客員教授、学校法人東京音楽大学指揮研修講座研修生、国分寺市介護保険運営協議会委員(国分寺市長委嘱)、国分寺市高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画評価等検討委員会委員(国分寺市長委嘱)、国際バカロレアディプロマプログラム(IBDP)アドミニストレーター、東京と沖縄を拠点に教育活動を展開。探究、非認知能力、STEAM教育、医療探究などのセミナーや講演多数。著書に『ハイスコア!共通テスト攻略現代社会』(Z会)、『特化型小論文チャレンジノート志望理由・自己PR編』(第一学習社)、探究教材『FUTURE』volume.1・2・小学生版・STEAM探究教材『FUTURE』volume.3(SRJ)など多数。 2019年にスタートしたジュクタン×ジュンク堂書店那覇店プレゼンツ「森弘達先生 教育考演会」は4回を数え、小中高生・大学生・保護者・教員、研究者、経営者、政治家など幅広い参加があり、毎回好評。次回は2022年3月に開催予定。 学校法人昭和薬科大学附属高等学校・中学校教諭・進路指導部主任・生徒指導部主任・高校3学年主任・吹奏楽部顧問・ディベート部顧問、学校法人武蔵野大学附属千代田高等学院副校長、沖縄県沖縄次世代委員会委員(沖縄県知事委嘱)、浦添市未来まちづくり委員会委員(浦添市長委嘱)、浦添市てだこ市民大学運営委員・講師(浦添市長委嘱)、浦添市まちづくり生涯学習推進協議会委員(浦添市長委嘱)、一般財団法人日本私学教育研究所研究員、大前研一創設特定非営利活動法人政策学校一新塾講師を歴任。