玉城 詩緒莉 Tamaki Shiori
中山 柚穂 Nakayama Yuzuho
昭和薬科大学附属中学校3年。 中学ディベート部。9月より高校ディベート部。 第26回九州地区中学ディベート選手権優勝。 第26回全国中学ディベート選手権ベスト8入賞。 第27回九州地区中学ディベート選手権5位。。

皆さん、こんにちは。「ディベート部の眼」第五弾です。 私たちが毎年参加しているディベートの大会で使われた論題は その後実際の政策として実行されたものがたくさんあります。 今回はそういう過去の論題のうち、その後現実の社会で政策として 実行された「ゴミ袋有料化」について取り上げ、 過去の議論を振り返りながら現状についても考えてみたいと思います。

ディベートと 社会のつながり

ディベートの大会では、現代の日本の社会情勢に合ったテーマがしばしば扱われます。たとえば2018年(第二三回)の大会・中学の部では「飲食店の禁煙化」について議論が繰り広げられました。実際に2020年に「改正健康増進法」が施行され飲食店は原則として屋内での全面禁煙が義務づけられました。また、1999年(第四回)の大会・高校の部で「陪審制導入」について議論され、その後2009年5月に「裁判員制度」が始まりました。このように、ディベートの論題が実社会と密接につながっていることはたくさんあります。そこで、今回は「レジ袋有料化」論題を通して、ディベートと社会のつながりについて考えていきます。ちなみに、この論題は2005年第十回大会中学の部のものでしたが、レジ袋が実際に有料化されたのは2020年7月1日からでしたので、すでに15年前には中高生がその是非について議論を行っていたことになります。

第十回 ディベート甲子園
中学の部論題
「日本はレジ袋税を導入すべきである。是か非か」

* レジ袋とは買い物などで、商品を運ぶために街の商店やスーパー、コンビニから無料又は有料で受け取る手提げ袋のことをいう。
* 客はレジ袋を1枚渡されるごとに5円を支払い、店は所在する市区町村に納入するものとする。
* 納められた税金は市区町村の環境対策費にあてる。
* 2007年4月1日より実施する。

レジ袋とは

ディベートの大会では中高生が議論を作成しやすいように論題とともに議論全般についての解説(論題解説)が公開されます。第十回大会の論題解説ではレジ袋について次のように紹介されていました。

あらためて考えてみると、レジ袋がその役割を果たしている時間はとても短いものです。レジで精算をして商品を袋に詰めてから、家や仕事場に商品を持って帰るまではレジ袋はその役割を立派に果たしています。しかし、いざ商品を袋から出してしまえば、そのままゴミとしてゴミ箱に入れられてしまうことがほとんどです。そのままとはいかなくとも、他の生ゴミなどを入れてゴミ箱に入れられてしまうこともあるでしょう。レジ袋はまさに「使い捨ての象徴」といえるでしょう。(中略) そんな気軽で便利なレジ袋は、ゴミになった後には結構な厄介者になってしまうようです。燃えるゴミとして焼却処理される場合には、レジ袋は焼却炉の中で高温を出し、それが焼却炉を傷める原因にもなります。燃えないゴミとして地中に埋められて処理される場合には、土に分解されないために、そのまま残ってしまいます。それどころか、プラスチックの安定剤や着色料などが流れ出してしまうこともあります。また、その袋の中に別のゴミを入れていた場合には、そのゴミを分解する邪魔をしてしまうのです。 特定非営利活動法人 全国教室ディベート連盟 論題検討委員会 市野敬介 「中学校論題の背景と予想される議論の解説 」より


当時の議論

「論題解説」によると2005年当時の中学生は次のようなメリットやデメリットを考えて議論を作成していたようです。

【メリット】
①レジ袋の焼却が減る レジ袋が焼却処分される地域では、焼却されるゴミの量が減るので、焼却場から排出される温室効果ガスの削減が期待されます。
②レジ袋の埋め立てが減る レジ袋が埋め立て処分される地域では、埋め立てたプラスチック製のレジ袋が分解されずに永遠に地中に残る形になるので、分解されにくいゴミが減りますし、地中に化学物質が流れ出す量も少なくなります。 ③原油の消費量が減る レジ袋の消費量が減ることは、原料である石油の消費量を減少させることになります。


これらのメリットは決して机上の空論ではなく、実際にレジ袋を有料化する際に、環境省小委員会で同様の議論がされていました。後述しますが環境に対してどの程度良い影響を与えるかは様々な条件下で検討する必要があると思いますので、これを当時の選手たちがどのように立証したのかは興味深く感じます。環境省小委員会ではこの他にも買い物をする消費者が環境問題を身近に捉えるようになり、環境意識の向上が見込めるというような意義についても取り上げていました。
そして実際にレジ袋有料化後にこの意識変化を裏付けるような調査結果が出ています。 環境省の令和2年11月レジ袋使用状況に関するWEB調査 (調査エリア:全国、対象者条件:15~79歳男女)によると 「最近1週間以内にレジ袋を貰ったか。」という問いに対して 有料化前 3月  貰っていない 30・4% 有料化後 11月 貰っていない 71・9% と回答されており、レジ袋有料化前後で、レジ袋を貰わない人の割合は実際に増えたことがわかります。
また、株式会社アイスタット(統計分析研究所)が行った2021年7月の調査でも、レジ袋の有料化により、買い物時にマイバックやレジ袋を持参するようになったと答えた人が有料化前から大幅に増えていたという結果が出ています。
有料化の恩恵として、事前に予想されていた通り、レジ袋をもらわずにマイバックを持参するという環境意識が浸透してきたと言えるでしょう。
では続けてデメリットについても見ていきましょう。先に「論題解説」に挙げられたデメリットを紹介します。

【デメリット】
①買い物の際の負担の増加 レジ袋を利用すれば、その分だけ買い物代金が上昇することになります。
②万引きの温床になる 持参した袋に商品を入れる人が増えるので、それが代金を支払った後のものかどうかの見分けがつきにくくなります。「これは購入した後のものである」と主張されてしまうと、監視する者にとっては、それ以上追求しづらくなります。


レジ袋有料化のデメリットは消費者と店舗でそれぞれ異なる事情があるようです。では、実際に有料化後にこのような問題は起きたのでしょうか。  朝日新聞2021年10月20日の記事では、レジ袋有料化に否定的な人の意見として、「環境に貢献できるといった効果も感じられないのに、わざわざマイバックをたたんで持参するのが面倒」や、マイバックを持参する人でも、「レジで詰めてしまうと後ろで人が待っていたりすると迷惑がかかるためコンビニではお金を払ってレジ袋を買っている」という人もいるようです。レジ袋の有料化は金銭的な負担だけではなく心理的負担も大きくしているように見受けられます。  また、識者の中には次に示すようにレジ袋有料化が環境に対して逆に悪影響を与えるという見方を示す人もいます。

ダン・ヒース著/櫻井祐子訳『上流思考』ダイヤモンド社2021年
消費者はおそらく、①紙袋の利用を増やす、②エコバッグを持参する、③袋を使わなくなる、のどれかの行動を取るだろう。
ここで、最初の驚きがやってくる。紙袋やエコバッグは、水路に入り込まないという点ではレジ袋よりずっと優れているが、劣っている点もあるのだ。それらはレジ袋より嵩も重さもあるので、製造と輸送にずっと多くのエネルギーを消費し、炭素排出量が増える。イギリス環境省は、さまざまな種類の袋を1回使用するごとの環境負荷を算出し、紙袋なら3回、綿のエコバッグなら131回使わなければ、レジ袋よりもエコにならないとしている。おまけに紙袋やエコバッグの製造過程は、レジ袋に比べて大気や水質を汚染する物質の排出が多い。レジ袋に比べてリサイクルもずっと難しい。そんなこんなで、部分と全体の利益相反の問題が生じる。河川や海の生物の保護が主な狙いなら、レジ袋を禁止するのは得策だ。だが環境全体の改善をめざすなら、得策とは言い切れない。相反する影響を考え合わせる必要がある。 (参照 2022年9月13ダイヤモンドオンライン)


環境への影響というのは非常に複雑な要因だからこそ「レジ袋有料化=環境に良い」と短絡的に決めつけずに、有料化が消費者にどのような変化を起こすから良いのかをしっかりイメージしていくことが大切だと感じます。

諸外国の取り組み

では、諸外国ではゴミ袋問題に対してどのような取り組みをしているのでしょうか。国連環境計画の2018年の報告書によると、レジ袋や発泡スチロール製品の規制を行っているのは、世界60か国以上になります。バングラデシュとケニアの例を紹介します。

【バングラデシュ】 バングラデシュでは、2002年に世界で初めてレジ袋が禁止されました。大洪水の際にレジ袋が排水システムを塞ぎ、状況を悪化させたことがきっかけです。しかし禁止令は効果を発揮しておらず、現在も生分解性ではないレジ袋が街中に溢れているといいます。この現状を打破するべく、環境法律家協会が政府に働きかけており、まず、2024年1月までにホテルやレストランでの使い捨てプラスチック製品を段階的に廃止する計画を立てました。また、代替品として同国の特産品であるジュート繊維を使った買い物袋の普及にも取り組んでいます。

【ケニア】 2017年にレジ袋を禁止したケニアでは、プラスチック製の袋を製造、販売、あるいは使用した場合、最大4年の禁固刑か4万ドル(520万円)の罰金を科されます。この法律は世界でもっとも厳しいと言われています。さらに2020年からは、自然保護区域において使い捨てプラスチック製品の使用が禁じられており、指定区域内には、ペットボトルやプラスチック製のカップ、カトラリーなどを持ち込むことも認められていません。プラスチック削減に積極的なケニアには、今後も注目していきたいです。  このように、世界にはレジ袋を使用禁止にしている国や、有料化、課税などをしている国があります。60ヶ国もの国が規制を行っているということは、それだけレジ袋有料化にはメリットがあると考えられているということかもしれません。このような世界の背景もあり、日本はレジ袋有料化に踏み切ったのではないかと考えています。今後はさらにレジ袋と環境の問題をわかりやすく説明したり、マイバッグをもっと快適に使える買い物環境を作っていくことが必要かもしれません。

まとめ

今回はレジ袋有料化論題を通してディベートと社会のつながりを考えてみましたが、皆さんはどう考えましたか?ディベートではよく、学者や大学教授の研究や、政府が刊行している統計資料など様々な記事を扱います。一つの論題に取り組む際、本や記事を読んで議論で使う資料を探したり、論題について調べていく上でわからない専門用語を調べたりすることで、その論題に関するさまざまな知識が身につきます。何気なくテレビを見ていても、過去に自分がやった論題に関係しているニュースがたまにあります。そのニュースに直接関わったわけではなくても、ディベートを通して身につけた知識があるため、親近感が湧き、積極的に社会問題について考えるきっかけになります。ディベートにはこのような興味深い側面があるのです。