中山柚穂 Nakayama Yuzuho
昭和薬科大学附属高等学校1年。高校ディベート部。
第26回九州地区中学ディベート選手権優勝。
第26回全国中学ディベート選手権ベスト8。
第28回九州地区高校ディベート選手権準優勝。
第28回全国高校ディベート選手権ベスト8。

皆さん、こんにちは。「ディベート部の眼」第九弾です。 今回は高校一年生の記事となります。先日第28回中学・高校ディベート選手権大会が実施され、本校ディベート部は三年ぶりに中高揃って全国大会へ進出することができました。執筆者は全国大会で「質疑」というパートで、相手側の主張の矛盾点や論証が不十分な点を質す役割を担いました。そんな執筆者だからこそ、ディベートの主張に対してはそれが相手のものであれ、自分たちのものであれ、「本当にそうなのか」、という眼で論題と向き合っていたのだと思います。
ぜひご一読いただき、皆さんも一緒にこのテーマについて考えてみてほしいと思います。

今シーズンの論題

 ディベートの大会で採用される論題はたとえば「安楽死の是非」や「一院制の導入」といったいろいろな大会でよく用いられる定番のものと「フェイクニュースを規制すべき」や「鉄道運賃を自由化すべき」といったこれまでにどの大会でも採用されたことがない新規のものに大別することができますが、今シーズンは新規論題が採用されたため、過去の大会や過去の議論で使われた資料やデータが参考にできず、私たちをはじめどの学校も自分たちでゼロから調査を開始して議論づくりをしていきました。
そんな新論題を扱った今シーズンを振り返りたいと思いますので、皆さんもぜひ一緒に考えてみませんか。なお、前号の〈ディベート部の眼〉⑧「保釈中のGPSの導入は益をもたらすか。」も関連するトピックなのでまだご覧になっていない方はあわせてご覧ください。

さっそく今年の論題を見てみましょう。

第 28 回ディベート甲子園高校の部 論題

「日本は有罪判決を受けた者に対する電子監視制度を導入すべきである。是か非か」
*殺人、性犯罪、強盗、その他  肯定側の定める  対人暴力 犯罪により懲役または禁錮の有罪判決を受けた者を電子 監視の対象とできる。
*電子監視の対象者に移動の制限を課し、常時 GPS 端 末の装着を義務付ける。
(補注 赤文字部分は筆者が付しました)

ディベートではこの論題、つまり「電子監視制度の導入」を実現するために、肯定側が「プラン」というものを定めます。「プラン」とは論題を実現するための具体的な手段や政策と考えるといいかもしれません。しかし、論題の内容をきちんと理解して、チームとして作り上げたい議論の方向性を定めないとそもそも「プラン」を作ることもできません。
このようにゼロから始まった今シーズンを振り返りつつ、議論のまとめについて書こうと思います。是非ご一読ください。

論題の解釈とプランについて

まず、論題はどういったことを指しているのでしょうか。論題中の語句の定義から確認していきましょう。

①対象者
「懲役又は禁錮の有罪判決を受けた者」とは具体的に誰のことでしょうか。「懲役または禁固」とは刑務所に身柄を拘束される刑罰のことです。また「有罪判決」とは検察が起訴した犯罪において法廷で事実確認、証明を行い、裁判官が被告人に懲罰を言い渡すことです。
このような「懲役または禁固の有罪判決を受け」て拘束された人は、いずれ刑務所から出所しますが、その拘束の解かれ方に違いがあるということが重要です。その違いとは、裁判所が定めた拘束期間(=刑期)の途中で解放される「仮釈放」と、定められた刑期が満了してから出所する「満期釈放」です。
そのため「有罪判決を受けた者を電子監視の対象とできる」という語句の解釈において、「仮釈放者」を対象にするのか、「満期釈放者」を対象にするのか、「その両方」を対象にするのかは肯定側が「プラン」として設定します。
実際の議論では仮釈放者と満期釈放者それぞれの「再犯率」というものに注目して、満期釈放者の方が仮釈放者よりも再犯率が高いというデータから、満期釈放者に電子監視を付けるという議論が主流だったように思います。
②移動の制限
次に、対象者には具体的にどういう移動の制限を課したらいいのでしょうか。私達も議論を作る上で出所者が犯した罪種やそれに応じた具体的な制限範囲など、様々な事象を照らし合わせてたくさん考えました。例えば、性犯罪を犯した出所者には、性犯罪が起きやすい場所や時間帯を調べてその場所に行くことができる時間帯を制限したり、暴力犯罪を犯した出所者には夜間の繁華街への出入りを制限したりと、犯罪の種類によって本当に色々なパターンが考えられます。実際の議論でもチームによってどのような行動制限を提示してくるかが全く違うので、その分あらゆる行動制限をシミュレーションして議論の準備をしていきました。
③電子監視の形状
最後に、論題が実行された世界を想像してみましょう。
プランの対象者たちには電子監視装置が取り付けられることになります。その際、対象者が街を歩いているだけで、電子監視機器の外見からすぐに「あの人は犯罪者だ」と気づかれることは、犯罪者にとって絶対に嫌なことですし、そもそも有罪判決を受けて一定期間を刑務所で過ごし、ようやく仮釈放または満期釈放されたのに次は電子監視装置の見た目で世間から白い目で見られるというのは個人の権利を大きく侵害してしまうことになります。
そのため、ほとんどのチームが監視装置についてバレないような形状であると設定しました。腕時計型だったり、服の下で脇に巻き付けたり、ユニークな形状を提示するチームも多かったです。

韓国の足輪型監視装置
画像はGPS型電子監視が導入されている韓国で、実際に用いられている足につけるタイプの端末です。右が導入時の端末ですが、壊れにくさを追求して左の端末(第4世代)では頑丈になっています。スボンなどで隠さなかったら、電子監視を付けているかどうか一瞬でバレそうですね。

(産経新聞2017/8/17
https://www.sankei.com/article/20170817-SXJ4TVIOJBKAHDQR4H427TQQCA/ )

肯定側の議論 「性犯罪の減少」

論題の内容についてある程度見えてきたら実際の議論について見ていきましょう。
まずは肯定側の主張について考えていきます。繰り返しになりますが、実際の試合では、肯定側は論題を満たす範囲で、罪種や行動制限、電子監視の形状、電子監視の期間などを「プラン」として設定することができます。
本稿では私たちのチームが「プラン」で定めた、「性犯罪を犯した満期釈放者に電子監視を行う」ものとして紹介していきます。実際、電子監視対象者の罪種については、ほぼ全てのチームが性犯罪に焦点を当てて議論を作っていました。どのチームも、性犯罪が犯罪の中でも突出して再犯率が高い事件として注目していたことが伺えます。さらに、行動制限として性犯罪が起きやすい時間帯と場所の制限を課すという条件を付けるチームが大半でした。要は再犯率が高いのなら、電子監視をすることによって抑止力を作り、再犯を防いでいこうというのが肯定側の考え方です。
電子監視機器を身につけることで、対象者たちは「常に誰かに監視されている」という心理的圧力が生じます。実際に電子監視が導入されている韓国では、対象者に再犯抑止の理由についてアンケートをとったところ、72%の人が「逮捕される確信があるから」と答えています。また、性犯罪が起きやすい時間帯や場所の制限をすることで、そもそも犯罪者に性犯罪をさせる隙を与えないのです。この「心理的抑制×物理的抑制」によって性犯罪の再犯を減らすことができると考えられるのです。
性犯罪の再犯が減れば、それと同時に性犯罪によって心的に深く傷を負うであろう被害者も減ります。被害者を救う為に論題を肯定すべき、というのが肯定側のスタンスなのです。

否定側の議論「社会復帰の阻害」

次に、否定側の主張について考えていきます。
今は出所者は罪を償って社会に統合していく方向にあるが、電子監視によって社会の一員として統合できなくなる、というのが主な主張です。具体的に言えば、対象者は「自分は監視されるべき人だ」と思い、劣等感を抱いたり、常に監視されていることで行動が萎縮してしまうということが挙げられます。さらに、出所者にそのようなストレスが積み重なることで、逆に再犯を起こしてしまうのではないかという議論もあり、対象者が過度に締め付けられてしまう論題を肯定するべきでないというのが否定側の考えです。
一方、肯定側からは、そもそも今の出所者たちはみんな社会に統合されているのかということが主な反論として挙げられていました。犯罪加害者の社会復帰支援が政府をはじめ各地方自治体でも進められているにも関わらず、冒頭でも紹介したようにその再犯率が高いのであれば、そもそも今の政策の効果が薄いということであり、多少の人権侵害に目をつぶっても新たな政策として「電子監視」という手段を導入して、再犯によって生まれる新たな被害者やそもそも事件で傷ついている被害者を精神的にも保護すべきだという反論が展開されました。
そのため、否定側では、犯罪加害者が出所後に社会の一員として人権侵害されずに社会に統合されていくことを目指す社会がなぜ大切なのかという、その価値観について詳細な説明することが求められていたように思います。

被害者・加害者の人権

ここまで肯定側と否定側の主張をまとめましたが、双方が目指す社会の方向性は実は同じであることにお気づきでしょうか。どちらも社会をより良くしていきたいという目的は同じです。
結局、肯定側は被害者が減っていくように、否定側は加害者が社会でより良く暮らしていけるようにしたいのです。言い換えれば、肯定側は加害者には電子監視という厳しく罰をつけて被害者が守られるべきという立場をとり、否定側は加害者は罪を償っているのだから社会に統合できるようにしていくべきという立場をとる、ということになります。
試合の判定がここだけで決まることはないのですが、主張におけるこの価値観は大事です。ディベートという枠を超えて、実際に現実社会で電子監視を導入するとなった時、私達国民が積極的に考えていくべき部分だと思います。

先行研究との整合性

論題の解釈でも触れたように、肯定側が論題の語句をどう解釈するかで「電子監視」をどのような犯罪者にどのタイミングでどういうタイプの機器にするのか、というのが様々に現れます。各チームは「電子監視」が導入されている海外の事例を引用しながら、プラン後の世界ではこのようになるんだ、という主張を繰り広げました。
例えば、アメリカのフロリダ州では、再犯リスクが低いと判断された犯罪者には固定型電子監視(RF型)が用いられています。では、フロリダの事例を引用して電子監視効果があったと主張するとどうなるでしょうか。
固定型電子監視とは、対象者が自宅等の特定の場所に滞在しているかを確認するタイプの電子監視です。今回の議論では、特定の場所に限らず対象者がどこに移動しても位置情報を確認できる「移動型電子監視(GPS型)」が対象なので、そもそも電子監視装置としてまったくの別物だと言わざるを得ません。
固定型電子監視の議論に限らず、フロリダや韓国の事例を調べたり、それと今回の論題との整合性を明らかにしたりと、さまざまな角度からの議論ができるように、先行研究との整合性にはとことんこだわりました。全国大会ではその成果が発揮され、私たちのチームとして自信をもって議論をすることができたので結果的にはとても良かったです。
当初は、海外の事例を持ち出して「電子監視は効果があるんだ」という主張が強く残っていましたが、シーズンが進むにつれて、諸外国の先行事例は今回の論題と異なるところがあるということに各チームが気づき、それをしっかり調べているということが、トーナメントを上がっていく最低条件のようになっていたように感じました。
しかしながら、調べたことをきちんと言語化して、決められた時間で対戦相手とジャッジに適切に伝えることはとても難しいです。論題の解釈1つで大きく捉え方が異なる今回の論題だからこそ私たちのチームは一番時間をかけて丁寧に取り組みました。

今期の論題を通して

ディベートの試合ではどうしても電子監視を導入すべきか否かの二項対立に固執して議論の勝ち負けにこだわってしまう部分があります。
しかし、現実世界では被害者の人権が当然守られるべきであるように、出所後の加害者の人権もまた無視することはできないはずです。電子監視の有無がどちらかの人権を極端に侵害することは許されず、そのバランスをどのように取るかを考え続けなければいけないのではないでしょうか。
この論題を仮に実際の政策として実施するときには、誰かが賛成と反対の間のグラデーションの間に線を引くことが求められるわけで、社会をどうしていきたいかによって、その線の場所も変わってくるでしょう。
電子監視に限らず、私達国民が日本の状況をより良くするためにも皆がそれぞれに考え、意見を持ち、声をあげながら現状を把握することが必要だと感じました。