玉城詩緒莉   Tamaki Shiori
昭和薬科大学附属高等学校1年。高校ディベート部。
第26回九州地区中学ディベート選手権優勝。
第26回全国中学ディベート選手権ベスト8。
第28回九州地区高校ディベート選手権準優勝。
第28回全国高校ディベート選手権ベスト8。
第1回全国パブリックディベート全国大会出場
第28回全国高校ディベート選手権ベスト8。

皆さん、こんにちは。「ディベート部の眼」第10弾です。 もう12月で、1年があっという間に終わろうとしていますね。今年は増税や物価上昇が話題となりましたが、来年以降も様々な制度改革が検討されており、所得格差が拡大していかないか懸念されています。税制や社会保障制度を通してどのように所得の再分配を図るかは非常に難しい問題ですが、ディベート部ではちょうど1年前にこのテーマについて議論していました。今回はベーシックインカムという制度について取り上げます。ぜひ皆さんも考えてみましょう。

ベーシックインカムとは?

 ベーシックインカムとは、性別や年齢、所得などの差に関係なく、全ての国民に対して一律に一定の金額を定期的かつ継続して給付するという制度です。コロナ禍で生活困窮者が増えた影響もありベーシックインカムが注目されるようになっています。コロナ禍では緊急の政治対策として、貧困世帯へ30万円を支給する生活支援臨時給付金事業に代わり、全ての家計へ支援を行うため1人当たり10万円を支給する特別定額給付金事業が実施されました。この事業は一時的なベーシックインカム制度といえるもので、これにより、全国民に一律で一定額を給付するという制度が周知されたと言えるのではないでしょうか。

議論の背景

さて、コロナ禍の臨時的な給付事業によってベーシックインカムという制度が周知されたとして、その後も制度として導入することが引き続き議論されているのはなぜでしょうか?
その導入意義については、貧困層の支援にとどまらず、より多くの国民の生活の安定を図り多様な働き方を実現することや、複雑化した社会保障制度を簡素化できることも期待されています。
これまで貧困層の支援といえば、生活保護という制度がありました。これは、貧困により困窮した生活を送っている人に対し、その程度によって必要な支援を行うことで健康で文化的な最低限度の生活を保障し、援助する仕組みです。しかしこの制度も万能ではなく、実際に生活に困窮していても生活保護の申請が却下されてしまうケースがあります。例えば、生活保護申請日以降に何らかの収入と見なされるような援助が親族や友人などからあり、それで最低生活費が満たされてしまった場合には申請は原則却下となったり、そうでなくとも援助があった分が保護費から引かれたりします。一方では、制度を悪用して生活保護費を不正受給するケースも年間3万~4万件程度発覚しており、不正受給額は年間百億以上にのぼります。このように、本当に必要な人が受給できず、不正に受給する人が出る制度を廃止し、ベーシックインカム導入で最低限度の額をまずは国民全体に漏れなく行きわたらせ、それにより不正を犯す心を抑止することができると考えられています。
また、子どもの就学費や家族の生活費をかせぐために懸命に働いた結果生活保護受給水準を超えて生活保護費を受給できないにも関わらず、収入は生活保護費以下しか得られない「ワーキングプア(働く貧困層)」と呼ばれる人々も存在します。彼らの働き方は過労死や過労自殺に至るリスクもあるため、やはり生活保護制度の在り方も含め一刻も早く包括的に解決していくべき問題だと思います。
このように現状の社会保障制度は貧困に苦しんでいる人をきちんと捕捉できているとは言えず、新たな制度が求められているのです。

ベーシックインカム導入のメリット

ベーシックインカムによって、貧困層の人々は一律に安定した収入を得られるようになるため生活が安定します。それまで生活のために縛られていた労働からも部分的に解放され、生計を立てるために働かなければならないというストレスが軽減されます。
また、一定の収入があるため、フルタイムではなく育児や介護などがある人はそれに合わせた時間でパートタイムや副業などを選ぶことができたり、少しリスクがあっても自分のやりたい職業にチャレンジする余裕も生まれたりと、その人に応じた多様な働き方が可能になります。同時に自分にとって労働環境の良好な職場を選択することができるようになります。すると労働環境の整備されていないいわゆるブラック企業は淘汰されていき、社会全体で国民が安心安全に働けるような環境が保証されていきます。
このような労働環境の改善によって精神的余裕も生まれ、国民の仕事に対するモチベーションも「生活のためにお金を稼ぐ」ことから解放され自由に自分がしたいことを選択できるようになります。より仕事を楽しくでき、余裕が生まれることで私生活も大切にできるようになるためワークライフバランスが向上していくでしょう。給付による心の余裕が社会全体の閉塞感をなくしていき、国民の幸せを保証することに繋がります。
ベーシックインカムはそれぞれの生活環境や収入に関係なく給付されるので、生活保護で行われていたような収入や資産、稼働能力などの要件を満たしているか確認する作業をする必要がなくなり、制度が簡素化され、効率的な社会保障を提供できるようになります。

ベーシックインカムを導入した諸外国の例

コロナ禍以前から、ベーシックインカムの導入に向けて実証実験などを行っている国や自治体が多く存在しています。
実際にベーシックインカム制度が成功している国を見ていきましょう。

●ブラジル
ブラジルでは2004年に「市民ベーシックインカム法」が導入されました。その第一段階として、最も困窮している層を対象に給付する政策が始まり、2023年からは新制度が始まり、平均給付額は714 レアル(約2万円)になり、給付対象は2080万世帯まで拡大する見込みです。
ブラジルでは、市単位でもベーシックインカム支給の動きがあります。リオデジャネイロ州のマリカ市では、2013年から貧困層を対象に給付を開始しました。コロナ禍で額が上がり、3人家族なら1ヵ月あたり日本円で約1万9000円の支給が行われています。また、市内の加盟店でのみ使える現地通貨「ムンブカ」をカードやスマートフォンへチャージして使用することができます。これにより地域経済の活性化と雇用の促進が期待でき、人々がベーシックインカムを何に使ったのかなど、消費動向データを収集し分析できるようになっています。

●フィンランド
2017年1月から約2年間の期間で、失業者からランダムに選出された2000人を対象に毎月560ユーロ(約7万円)が無条件で支給されました。フィンランドの社会保険庁は、「人々の労働日数にほぼ変化は見られず、勤労意欲に変化がない傾向がある」と結果を発表していて、劇的な雇用の改善には繋がらなかったものの、「勤労意欲の低下」は見られない結果となりました。また、生活保障を得たことで仕事や起業などへ挑戦する意欲が高まったとポジティブな回答も見られました。また、ストレスが軽減され幸福度が上昇したなどのデータも得られました。

●カナダ
2017年7月から、オンタリオ州では約4000人を対象におよそ所得の約50%を給付するベーシックインカムの実験が行われました。3年続くはずだった実験は、多大なコストを理由に1年で終了してしまったものの、参加者へのインタビュー結果からは、タバコやアルコールの摂取が減ったという例や、うつ状態から回復し社会復帰のために職業訓練に通い出したという例もあり、心身の健康状態へポジティブな影響が見られました。

このように世界では国によって様々なベーシックインカム制度が導入や実験されており、細かい制度の内容は違うものの条件なしに一定額を支給するという点で共通していて、それによって地域経済の活性化や雇用環境などの改善、心身への良い影響がもたらされるかもしれません。

ベーシックインカム導入のデメリット

ここまでベーシックインカムを導入することによる利点に触れてきましたが、制度を導入する上では問題点も存在します。特に財源の問題は大きな課題でしょう。
ベーシックインカムを導入するには巨額の費用が必要になってきます。令和4年度を例にとると、一般会計の歳出総額約110兆円のうち、社会保障に充てられているのは全体の32・9%、金額にして36・3兆円です。ベーシックインカムを実施する際、いままで支給していなかった人も多く支給対象に加わるため、社会保障費を全て充てたとしても不足すると考えられます。これを増税により費用を確保するとなると、かなりの負担になってしまいます。
わかりやすくする為に月に7万円を全国民に給付するとして計算してみましょう。月7万円のベーシックインカムを導入することによってかかる費用は年間で人口1・25億人×84万円で105兆円です。令和三年度の国民所得393兆円に占める租税負担・社会保障負担の割合は44・3%なので、単純計算で現在の租税・社会保険料負担は合計で173兆円です。ここにベーシックインカム導入のための費用105兆円が加わると、280兆円となり、国民所得に占める割合は約70%になります。
ベーシックインカムを導入すると、単純計算で国民負担率が現在より26%程上昇するということになります。これを全てを増税で賄うのは限界があり、他の社会保障制度などを見直す必要なども出てくると考えられます。
その他にも、ベーシックインカムを導入することで、労働意欲や他者との競争意欲が低下する可能性も指摘されています。「何もせずに現金が手に入るのならわざわざ働かなくていいだろう」という感情を芽生えさせるという見方があるためです。実際に導入してみない事にはわかりませんが、一定の収入が毎月得られるようになってしまうとやはり労働意欲の低下が生じる可能性は高いのではないかと思います。

まとめ

現在、完全に無条件でベーシックインカム制度を継続して成功させた国はありません。日本でも導入に関して継続的に議論が行なわれており、国民民主党や日本維新の会などで議論が進められています。例えば、国民民主党では、税金を一定額減税する「給付付き税額控除」と要請を受ける前に支援を行う「プッシュ型支援」を組み合わせた「日本型ベーシックインカム」という仕組みを提案していますが、正式な制度として確立するまでは時間を要するでしょう。
ベーシックインカムの導入が実現されると、私たち国民の暮らしはより安全、安心なものになります。しかし、莫大な財源が必要とされており、そのことによって他の社会保障制度や雇用環境などに悪影響が及ぶ、との指摘もあります。
今回触れてきた問題点や利点についてよく理解して、他国の事例なども参考にしながらよりよい社会保障制度を検討していくことが今後重要なことだと考えます。