第二回担当:林 舞玲
昭和薬科大学附属高等学校3年。高校ディベート部。 第26回九州ディベート選手権ベスト4入賞。 第26回全国ディベート選手権ベスト16入賞。キャリア甲子園2021準決勝進出。

皆さん、こんにちは。「ディベート部の眼」第二弾です。 今回はSNSの普及に伴って近年問題になっている フェイクニュースの拡散について考えてみたいと思います。 フェイクニュースは誤った情報を基に私たち市民が誤った 行動選択をしてしまうおそれがあるという点で大きな問題だと 思います。ぜひ読んで一緒に考えてみませんか。

蔓延るフェイクニュース

授業や部活の中でよく先生たちから「新聞を読んでニュースをきちんと知りなさい。」と言われています。ただ、わざわざ新聞を手にしなくても今の時代はSNSやニュースまとめサイト、ニュースアプリなどを使って素早く手軽に情報を手に入れることが出来ます。ニュースを知ることを目的とするならば、新聞でもテレビでもSNSでも同じなのではないかと思っていました。そこで、メディアの種類によって何が違うのかと調べてみると、近年は特にインターネットメディアを通して拡散される「フェイクニュース」という問題があることが分かりました。たしかに、ロシアとウクライナに関する報道を見ていると、『ウクライナ侵攻でSNSにあふれる「フェイクニュース」』(CNET Japan、2022.3.19)、『ロシア外相 鉄道駅への攻撃は「フェイク」』(Yahoo! ニュース、2022.4.11)のように「フェイク」という単語がよく目に入ります。このようなフェイクニュースは、戦争の話題に留まらず、政治、医療、教育、日常生活など、私たちが少し遠くに感じていることから身近なところまで広範囲の人々に広がっているようです。そしてその拡散はSNSによって助長されていることが多くの研究によって指摘されていました。  私たちはフェイクニュースと聞くと、ねつ造されたニュースや情報を思い浮かべますが、その定義は研究者によって少しずつ異なっていて単純ではありません。たしかに、同じ出来事についても書き方や表現の仕方によって肯定的な印象を与えたり、否定的な印象を与えたりすることができたり、立場によって事実そのものの認識が異なることもあったりして、どの書き方、どういう情報が正確かということを私たちが判断するのは難しいところがあります。一田和樹氏はその著書の中で「フェイクニュース」を以下のように分類し定義しています。このように、一口に「フェイクニュース」と言っても様々な種類の情報が含まれており、その一つひとつを正しく見極めることは困難です。  今回は実際にフェイクニュースと判断された情報がどのように拡散したかというメカニズムを紹介しながら、インターネットメディアとの正しい付き合い方について考えていきたいと思います。

フェイクニュースの定義

フェイクニュース新しい戦略的戦争兵器』
一田和樹2018(角川新書)
■風刺、パロディー 悪意はないが、信じる人がいる可能性はある。
■間違った関連付け 内容と関係のない見出し、画像、キャプションがついている。
■ミスリーディング テーマや個人についてミスリーディングするような情報の使い方をしている。
■間違い  正しい内容と間違った内容が混在している。
■なりすまし 情報源になりすます。
■操作的  正しい情報や画像をだます目的で操作する。
■ねつ造  100%ウソの内容を作り出し、だましたり被害を与える。

広がりやすいフェイクニュース

近年、日本では1日平均7・2件の疑義言説が拡散しており、新型コロナウイルス関連でも「PCR検査は普通の風邪も検出する」や「新型コロナウイルスは26~27度のお湯を飲むと予防できる」といったデマが広く拡散していたことが指摘されています。また、過去にはアメリカ大統領選挙の時にトランプ氏による「選挙不正」の主張が広がり、 「バイデン氏の得票数が短時間で増え、投票率が200%を超える計算になる」という真偽不明の情報がありましたが、この情報は、米国より日本の方で拡散されていたようです。  このようなニュースが拡散する理由に、偽の情報は真の情報よりも速く、深く、広範囲に拡散されやすいという情報の性質があります。そして、スマートフォンやSNSの普及がその性質に拍車をかけています。  2018年にマサチューセッツ工科大学のソローシュ・ヴォソゥギ氏らが科学雑誌『サイエンス』に発表した研究では、実際に10万件以上のツイートを分析したところ、真実が1500人に届くにはフェイクニュースの約6倍の時間がかかることや、フェイクニュースのほうが真実よりもリツイートされる確率が70%も高いことが明らかになりました。その要因として、虚偽のニュースは恐怖、嫌悪、驚きといった感情を植え付けるようなものであり、特に、虚偽のニュース項目の目新しさが突出していることを突き止めました。  このようにフェイクニュースという虚偽のニュースがSNSなどの普及に伴ってさらに拡大し、政治や医療をはじめ多くの分野で問題となっています。これは日本も例外ではありません。

デジタル技術と心的要因

次にSNSやインターネット技術の観点からフェイクニュースの拡散について考えてみたいと思います。  SNSの出現によって、友人同士や、同じ趣味・関心を持つ人同士が容易につながることができるようになりました。さらに自分に合ったコミュニティを自動で表示するような技術も出てきています。このように使い手にとっては便利で手軽に使えるSNSですが、その特徴ゆえに気をつけなければならないこともあります。ここでは「フィルターバブル」と 「エコーチェンバー」という2つの現象を紹介します(左図)。

⑴フィルターバブル  利用者個人のSNSの利用状況やインターネットの検索履歴やクリック履歴をアルゴリズムによって分析し学習されることで、利用者本人の意図に関わらず、「見たいであろう情報が優先的に表示される」「見たくないであろう情報が勝手に遮断される」環境が構築され、利用者の視野が狭くなっていくという現象です。
⑵エコーチェンバー  SNSを利用する際には、大抵のユーザーは自分と似た趣味・関心を持つユーザーをフォローします。その結果、SNSコミュニティが同じ価値観を持った人たちだけの閉鎖的な空間となってしまいます。この閉鎖的な状況の中で、同じような意見を見聞きし続けると、自分の意見や思想に対する確信が増幅され、あたかもそれは世の中の一般的な正解であるかのように誤解をしてしまう現象です。

このように便利なデジタル技術の裏に、利用者の考えを狭めたり、特定の考え方を強化してしまう危険性が潜んでおり、そこにフェイクニュースが紛れていても気づかずに安易に拡散してしまったり、ともすると本人の誤った意思決定や行動選択につながってしまう可能性があるので注意が必要です。  また、フェイクニュースの拡散には人間の心理的な作用が関わることも明らかになっています。  例えば、皆さんはコロナ禍初期に起こった「トイレットペーパーの買い占め騒動」を聞いたことがありますか。  発端はトイレットペーパーが「新型コロナの影響で中国から輸入できず、品切れになる」というデマの投稿でした。直後からそのデマを否定する投稿がSNS上で広がりましたが、一部の人はトイレットペーパーを買い占め、その様子をマスメディアが報じたことで、多くの消費者がデマ自体は信じないものの実際にトイレットペーパーがなくなってしまう不安に駆られ買い占め行動に移してしまったという騒動です。自治体や製紙企業も在庫が十分にあることを訴え騒動の沈静化を図りましたが、結局この騒動は1〜2ヶ月も続きました。この騒動がこんなにも長く続いた理由について、次のような人間の心的要因が関わったことが指摘されています。

⑴善意のパラドックス
有事の際には誰かの役に立ちたいという利他意識が働きやすくなります。良かれと思ってトイレットペーパーの品切れがデマという注意喚起や誤情報の訂正を発信することはすなわちデマそのものも一緒に拡散することにほかなりません。つまり、デマを否定する投稿が「品切れ」というワードを広めてしまい、結果としてそのデマの方を信じてしまう人の数が増えてしまったということです。このようなフェイクニュースの拡散の仕方もあるのです。
⑵多元的無知
これは、集団の多くの人が、自らは集団規範を受け入れていないにもかかわらず、他のほとんどの人がその規範を受け入れていると信じている状態です。多くの消費者が、自分自身はデマを信じていないが自分以外の人は皆このデマを信じてトイレットペーパーを買い占めてしまうに違いないと考えてしまうのです。その結果、デマを信じていない人までトイレットペーパーを買い占めてしまうというような心理的現象です。

他にも、インターネット検索が当たり前となり、たとえばちょっとした体調不良でも過度に検索をした結果、専門的な知識が無いまま様々なリスク情報に触れてしまい、さらに不安感が増してしまうような現象も発生しています。このようなケースが最近ではコロナワクチンをめぐって顕著だったように感じます。

求められる情報リテラシー

では、みなさんはどのくらいのフェイクニュースを見破ることが出来ていると思いますか?  総務省の「第26回プラットフォームに関する研究会」で発表された山口真一さんの研究によると、新型コロナ関連のフェイクニュースに関しては、約60%の人が偽情報と気づいていますが、国内政治関連のフェイクニュースに関しては20%以下に留まっているそうです。このように、多くの人がフェイクニュースを偽情報として認識していない状態で本人も気づかぬうちにSNSや何気ない会話などでフェイクニュースの発信者になっている可能性があります。  このように、問題視されているフェイクニュースに対してどのような対策があるのでしょうか。  例えば、SNSのプラットフォーマーは各社ごとに自主規制や取り締まりを実施しています。たとえば、FacebookやTwitterが誤情報拡散防止に関わるスタートアップを買収したり、You Tubeがビデオサーチにおけるファクトチェック特集を実施したりしています。  さらに、ファクトチェック団体も社会に広まっている情報・ ニュースや言説の「真偽検証」を行っており、日本にはFIJ(ファクトチェックイニシアティブジャパン) という団体があります。  これらの主体はそれぞれ連携を図ってフェイクニュースの拡散に対処していますが、技術もまだまだ発展途上で「この対策があれば大丈夫」という絶対的なものもありません。このような状況の中で必要となってくるのは、情報の受け取り手つまり、私たち自身の対策です。  私たちが情報の受信者となるときは、情報の発信源をきちんと確認したり、手軽なインターネット情報だけで無く、他の媒体、例えば新聞をはじめとするマスメディアの情報も確認しながら、情報そのものを総合的に判断する態度が求められます。マスメディアは個人メディアやニュースまとめサイトなどよりも情報の真偽確認に対して複数のチェック体制がある点で情報そのものへの信用度があがると期待されます。  また、私たちが発信者となるときは、自分がフェイクニュースの発信源になる可能性を忘れないということが必要です。そもそもインターネット上には、一生かかっても把握しきれないほどの情報や言説で溢れており、それらは玉石混交です。仮に正しい情報が「玉」でフェイクニュースを「石」だと考えると、私たちはその中で「石」を適切に排除し、さまざまな「玉」を基に自分の意見を構築していかなければなりません。社会が健全に進展するためには、正しい情報を基に個々人が意思決定を行う必要があるのではないでしょうか。そういう意味ではフェイクニュースは社会を誤った方向に導く可能性があります。  フェイクニュースに惑わされず社会の一員として一人ひとりが出会った情報を正しく取捨選択しながら受け取り、また、発信していく力が今求められる情報リテラシーではないでしょうか。