一  慈悲の心

図1に示された壁画の文字が読めるだろうか? これは「大悲」と書いてあり、その意味は、仏の「慈悲の心」を示す。「大悲」「慈悲の心」を辞書で調べると、仏や菩薩が人々や生命あるものの苦しみや苦悩を除きそこから救い、楽、幸福を与える心くばりを指す。そうであるなら、慈悲をやさしく言うと、親切な心、やさしい心、あたたかな心となる。 少し古い言い方ですと「なさけ」「なさけ深いこと」と言える。
場所は、熊本県菊池市旭志の円通寺である。熊本県重要文化財に指定されており、その壁画は、画面下で、親子でバドミントンをしている姿からわかるように、かなり、大がかりな作業であったことが推察される。円通寺は、菊池一族によって、1069~1074年に、建立された。1000年も前から、先人たちは、「慈悲の心」を庶民に訴えていたことは興味深い。

図1 熊本県菊池市旭志の円通寺

二 社会有機体観と長野県の霜月まつり

「慈悲の心」――キリスト教で言えば、「慈愛の心」――が、一人でも多くの方々と共有できたら、もっとさらに、住みよい世の中になると思う。慈悲の心が成り立つ社会は、いわゆる「社会有機体観」である。社会有機体観では、親兄弟のように、相手の苦しみをわが身のように案じ、苦しみを共有し、喜びを分かち合って生きる方法が選ばれる。
具体例を示す。長野県遠山郷の霜月まつりである(図2)。これは、国重要無形文化財に指定されている。ここでは、釜に水をたくわえ、お湯になるまで、薪を焚きつける。神社仏閣のスタッフたちは、「神様は、お湯がすきだ」と掛け声をかけながら、踊る。古くからの日本の神事である。
このお祭りを見て有名な作品ができあがる。それが宮崎駿「千と千尋の神隠し」だ。これは、神様がお風呂に入る話で、世界的にヒットしたアニメ作品となる。
私も、長野県の友人たちに案内され、遠山郷に入ったことがある。私は「霜月まつり」を体験して、沖縄で言う、ヒヌカン(火の神様)を祀る文化と、とかなり類似性を感じた。
薪は、火の材料となり、かまどは、火と鉄鍋をささえる。鉄鍋には、水が蓄えられ、やがて、それは、お湯となり、料理のベースとなる。

図2長野県遠山郷の霜月まつり

三 沖縄発「氣質学」の心理学モデル

「遠山郷の霜月まつりを「五行説」で示せば次の通りである。「木→火→土→金→水」の5つのエレメントで、はじめて、お湯ができる。神様はお湯が好きだ。つまり、お天道様は、人間社会が仲良く暮らすことを好む。
この考え方は、お相撲(土俵)の世界においてもみられる。土俵(土、食べ物)を中心に、東に青い房(木)、南に赤い房(火)、西に白い房(金)、北に黒い房(水)となる。
沖縄では、沖縄発の心理学モデルがある。「氣質学」だ(図3)。そこでは、人間のキャラクターを5つのエレメントに分類して、円滑なコミュニケーションを求める理論的支柱を構築する。
教育の世界においても、生徒や教師、生徒やその保護者、そして、地域社会の構成員との関係性において、それを5つのエレメントに分類して、社会有機体観として、みんな仲良く、有機的にまとめあげるマネジメント・スキルが求められている。

図3 稲福ひろみ『氣質学』オフィス細百合、2018

儀間 敏彦(ぎま としひこ)
東海大学 教授 湘南キャンパス教育開発研究センター所属 那覇市出身