内間早俊
SOSHUN Uchima 1982年生。
昭和薬科大学附属高等学校・中学校国語科教諭。 中学ディベート部・高校ディベート部顧問。 2000年に昭和薬科大学附属高等学校卒業後、琉球大学教育学部、琉球大学大学院教育学研究科、東北大学大学院文学研究科を経て、東北学院中高、宮城学院女子大、東北外語観光専門学校、仙台ランゲージスクールなどで国語(現代文・古典)、日本語学(

皆さんこんにちは。昭和薬科大学附属高等学校・中学校のディベート部によるリレー連載〈ディベート部の眼〉です。 本来ならディベート部員がリレーをつなぎながら執筆をしてもらう企画なのですが、今シーズンの試合スケジュールや 学校行事など諸々の事情で部員の時間がうまく 確保できなかったため、前回に引き続き顧問の内間が 執筆して次に繋ぎたいと思います。次号こそはディベート部員 の気合いが入った記事をお届けできると 思いますのでご期待ください。

さて、本号ではタイトルにもある通り、沖縄県における鉄軌道導入について考えてみたいと思います。交通インフラの問題は社会全体に影響を与えるもので、沖縄県における鉄軌道導入も沖縄振興開発計画の中に位置づけられています。実際にはまだまだ構想段階を出ていないので、鉄軌道計画についてご存じでない方もいらっしゃるかと思います。ぜひ今回は未来の沖縄の交通のあり方を一緒に考えてみましょう。

沖縄振興開発計画

沖縄県が本土復帰を果たした1972年以降、日本政府は沖縄県の抱える歴史的、地理的、社会的、自然的な特殊事情に鑑みて、国の責務として沖縄振興に取り組んできました。現在では第6次計画振興策が進められているところです。  その中で特に交通政策に関することとしては、昭和57年の第2次沖縄振興開発計画の下、初めて「沖縄県総合交通体系基本計画」(以下「基本計画」)を策定し、およそ十年ごとに、これまで3度の見直しを行ってきました。  令和4年10月に公表された最新の「基本計画」に示された沖縄県全土の交通の課題として、「鉄軌道を含む新たな公共交通システムの導入については、鉄軌道とフィーダー交通※1が連携する公共交通ネットワークの構築を見据え、北部・中部・南部の各圏域において、市町村と協働で公共交通の充実に向けた取組を推進する必要がある。」と示されており、鉄軌道導入に向けた取り組みが構想されていることが伺えます。なお、「基本計画」には平成30年に鉄軌道の概ねのルートを含む概略計画及びフィーダー交通ネットワークのあり方等を取りまとめた「沖縄鉄軌道の構想段階における計画書」を策定したことが記されています。さらに、陸上交通における鉄軌道導入は「21世紀ビジョン」に掲げられた、沖縄県が2030年を目処に目指すべき将来像を実現するものとしても注目されているようです。

沖縄21世紀ビジョンとは

2010年に沖縄県として初めて策定した長期構想で、県民の参画と協働のもとに、将来(概ね2030年)のあるべき沖縄の姿を描き、その実現に向けた取り組みの方向性と、県民や行政の役割などを明らかにし、これからの県政運営の基本的な指針となるものです。それぞれの施策の達成状況や社会情勢の変化を踏まえて2017年に「改訂計画」が、2022年に「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画」が作られています。沖縄県が「めざすべき将来像」として次の5つを挙げています 。

将来像1 沖縄らしい自然と歴史、伝統、文化を 大切にする島
将来像2 心豊かで、安全・安心に暮らせる島
将来像3 希望と活力にあふれる豊かな島
将来像4 世界に開かれた交流と共生の島
将来像5 多様な能力を発揮し、未来を拓く島


鉄軌道導入の背景

あらためて、鉄軌道導入の背景を確認してみます。  沖縄県は、我が国で唯一、基幹的公共交通システムである鉄道を有していない県です。戦後、本土では戦禍を被った鉄道の復旧が進められましたが、米軍統治下にあった沖縄では、沖縄戦により壊滅した県営鉄道の復旧は行われませんでした。その後の急激な自動車交通の増大などにより、慢性的な交通渋滞、公共交通の衰退、環境負荷の増大など様々な問題が生じております。

このような歴史的・社会的事情を踏まえ、先述の沖縄 21世紀ビジョン基本計画では、県土の均衡ある発展を支える公共交通の基幹軸として、骨格性、速達性、定時性等の機能を備えた鉄軌道を含む新たな公共交通システムの導入に向けた取組が位置づけられるとともに、同計画を実施していくための「基本計画」において、広域交流拠点を有する那覇と北部圏域の中心都市である名護との移動時間を1時間とする圏域構造を構築することが位置づけられました。これに基づき、沖縄県では、沖縄21世紀ビジョンで示された「沖縄の将来の姿」の実現や陸上交通の現状の課題解決の観点から、

・県土の均衡ある発展
・中南部都市圏の交通渋滞緩和
・県民及び観光客の移動利便性の向上
・世界水準の観光リゾート地の形成
・駐留軍用地跡地の活性化
・低炭素社会の実現

を図ることを目的に、平成26年10月より3年半かけて、鉄軌道の構想段階における計画案づくりを進めてきました。

鉄軌道の概略計画

現在示されている鉄軌道の構想では、ルートや駅の条件、構造などについて次のように計画されています。

【起終点】那覇及び名護を1時間で結ぶ。
【概略ルート及び経由市町村】那覇市、浦添市、宜野湾市、北谷町、沖縄市、うるま市、恩納村、 名護市
【想定する構造】市街地部は道路空間、郊外部は専用用地への導入を基本とし、市街地部のうち宜野湾~北谷は高架橋で、それ以外は地下トンネル、郊外部は山岳トンネルと高架橋を想定。
【駅位置の考え方】 駅は、周辺の立地状況(土地利用)や利用者ニーズ等から求められる機能を踏まえ、その機能を配置するために必要な用地を確保でき、かつその機能を発揮できる場所に設置することが重要。

鉄軌道導入の目標

鉄軌道の導入の目標は「基本計画」の中に示されていますが、その中から次の二点について触れたいと思います。
●強くしなやかな自立型経済の構築を支える交通体系の確立
島嶼経済である沖縄県の自立型経済構築のために、国内や世界とのネットワークを強化しつつ、本県のリーディング産業を振興しなければなりません。  そのために、拠点空港の整備促進と国際流通港湾機能の強化はもちろん、本島中南部地域の生産性を高め、120万都市圏を形成する公共交通の基幹軸として、速達性・定時性及び大量輸送の機能を備えた鉄軌道を含む新たな公共交通システムの導入と、陸・海・空を紡ぎ、海洋島嶼圏全体の交通ネットワークの構築を目指す必要があります。
特に鉄軌道の文脈で言うと、那覇から名護を1時間で結ぶ鉄軌道を含む新たな公共交通システムの導入を前提に、交通結節点、フィーダー交通、地域道路網等が連携する有機的な公共交通ネットワークの構築が求められます。
●誰一人取り残すことのない優しい社会の形成を支える交通体系の確立
沖縄県は自動車への依存度が高く、県民の買物、通院等の日常生活においても過度な自家用車利用が見られます。また、2040年には3人に1人が高齢者となる中で、高齢者が安心して日常生活を送るための受け皿としての移動手段を確保することが重要な課題となります。
こうした状況の中で、高齢者や障がい者、学生等を含む交通弱者の通院や通学等の移動ニーズに即して、より利便性の高い地域公共交通を地域自ら検討していくことが重要と考えられます。また、本県の基幹産業である観光産業をより発展させ、観光客を県土全体に分散させる観点からも、訪日外国人旅行者を含むすべての人が公共交通を利用しやすいユニバーサルデザイン化や心のバリアフリーの更なる推進とともにシームレスな交通体系の構築が求められます。  以上のような目標が実現されたあかつきには、物流、通勤等の移動がシームレスで快適になり、地域拠点を中心に商業施設、医療介護施設などの機能が集約された賑わいのあるまちづくりを行ったり、環境負荷が軽減された効率的な都市活動の実現を図ったりすることができるようになるでしょう。そのようなまちづくりは、沖縄県が世界から選ばれる観光地域としての魅力をさらに増大させるとともに、交通の利便性向上が離島・過疎地域の移動不便性を解消し、これらの地域を活性化することも期待されます。

鉄軌道導入に向けた課題

鉄軌道の導入が沖縄県にとってメリットしかなければすぐにでも導入すべきですが、鉄軌道事業として実現させるためにはまだまだ多くの課題が存在します。
特に、鉄道事業の採算性は大きな課題だと言えます。
令和2年8月に公開された「沖縄鉄軌道費用便益分析に係る検証委員会資料」によると、沖縄鉄軌道の費用便益費※2は多くの想定で1を下回っているため、通常の事業であればコスト縮減や事業の見直しが必須となるでしょう。ちなみに、沖縄都市モノレールが首里駅からてだこ浦西駅まで延伸するかどうかを判断するための「平成20年度 沖縄都市モノレール延長検討調査」で提示された費用便益費は1・39~1・51で延伸後も十分な採算性があると評価されて実現化に向かいました。鉄軌道という広域にまたがる公共性の高い事業の便益算出自体が現実的には難しいこともあると思いますが、構想段階だからこそ様々なシミュレーションを行い、より良い事業として展開してほしいと思います。
採算性以外にも鉄軌道導入に伴う環境負荷の増大も懸念されます。鉄軌道はいったん完成して導入されてしまえばガソリン車よりクリーンな交通インフラになるかもしれませんが、導入までは全県にわたる大規模工事による環境への影響、さらには観光立県として重要な自然景観の破壊なども懸念されます。鉄軌道が導入された時には不可逆的な環境破壊が起きていました、ということがあってはいけませんので、どのような工法、工期で鉄軌道を設置するかというのは難しい問題だと言えるでしょう。同時に、沖縄全土に広がる米軍基地がどのように返還されるのか、ということも鉄軌道導入には重要な問題となるでしょう。普天間基地は1996年の返還合意から27年経ってなお返還されておらず、全面返還の道筋もなかなか見えていないと言わざるを得ません。
もう一点、交通網の整備とセットで検討しなければならないストロー現象もあります。ストロー現象とは、交通網が便利に整備されることによって、地方の人口や産業が中核都市や大都市に集約されて、小さな都市の産業や経済が衰退していく現象です。ストロー現象による小都市のダメージを最小化または逆に大都市からの人流、物流を引き寄せるためにも、小都市地域の魅力的なまちづくりが不可欠だと言えます。沖縄県では離島架橋の際にストロー現象が懸念されながらも、実際には離島への人流が多く生まれ、離島経済の活性化につながっているという指摘もあるため、様々な観点からまちづくり、地域おこしを考えていく必要があるでしょう。

鉄軌道導入に向けて

沖縄県はこれまで約九年かけて鉄軌道導入の構想を進めてきました。大まかなルート案や工法、シミュレーション毎の費用便益比も算出されました。その間にはコロナ禍によって加速した在宅ワークという働き方も生まれてきました。計画当初とは異なる社会状況が想定されるなかで、今後も社会構造の変化に注視しつつ、最終的には沖縄県全体が経済面、環境面、文化面と様々な点で発展していくように進めてほしいと思います。たとえば、名護を八時に出て沖縄市の高校に八時に登校する未来、那覇の高校生が休日に電車とバスで今帰仁のテーマパークに遊びに行く未来、国道の渋滞が緩和され低炭素社会が実現した未来、観光客がストレスなくリゾート地へ移動する未来。このような未来を想定しつつ、県民一人一人、観光客一人一人により良い選択肢が提供されることを期待しています。
あなたは鉄軌道に乗ってどこに行きますか。

※1幹線(ここでは鉄軌道を指す) と接続して支線の役割をもって運行されるLRTや 基幹バス(BRT)、路線バス等を指す。
※2公共事業の効果を金銭に置き換えて、その妥当性を評価するための指標のこと。ある事業において、「実際に要した費用の総計」に対する「発生した便益の総計」の比率(一定期間の総便益額を総費用で割った値)で、 通常、その値が1以上 であれば、総便益が総費用より大きいことから、その事業は妥当なものと評価される。